アトリエ・マイルストンブログ

2020年4月14日火曜日

日本もだけど、アメリカ頑張れ!

水曜日・快晴
暑くも寒くもなくの薫風に恵まれた快適な1日でした。

学童クラブ閉所にもかかわらず、相変わらずのブログ遅延です。
( 各種メンテや大工や庭仕事などで夜は即刻寝落ちの日々です。)
しかも加えて、筆者の古いP.C内での消失トラブルを避けるために、
中途半端ながらも とにかくアップさせていただきます。
ご容赦。



「緊急事態宣言」より1週間

外出自粛をする多くの人々、仕事休めずリスクを背負っての通勤の人々、一部のどこ吹く風の輩・・・
その悩ましい構図にはそれなりの結果が伴い、やがて全ての人々を巻き込む大嵐となってしまいます。
悩ましくも歯痒くも一月先も見えず、されどいつもと変わらぬ美しい自然に囲まれた平穏な日々・・・
世間も筆者も、その行きつく先は如何ばかりか・・・

(-_-;)


* * *

「ミュージック・ギャラリー(その409)」

「日本もだけど、アメリカ がんばれ !!」長尺スペシャル


We're chasing after you as same situation in Japan, But,

" Hang in there !!  AMERICA !! "


" I'm rooting for You, AMERICA "

" I really hope it goes well, soon ! "


当ブログでも折に触れ幾度も記してきましたが、筆者の幼年期の原体験音楽はアメリカの音楽でした。
ちょうど幼稚園に通い出した前後に、筆者の家には「親子ラジオ」と言う有線放送が導入されました。
映画や音楽好きな父の、当時まだ民間のテレビもラジオもなかった頃の米軍政下の贅沢な趣味でした。
なので、
同時代の沖縄で共に過ごした同世代の友人らでさえ、筆者のように米国音楽漬けで育ってはいません。
その後、日本語による民間放送を受信する真空管ラジオ購入後は歌謡曲とも出会い、その暗さに驚き、
( とは言え、そのウエットな表現もいつしか好きになってしまいましたが・・・(^^)。
あらためて幼稚園生の前後に聴いていたアメリカ音楽の明るさや目映さを思い知らされたものです。
またその当時、高級将校クラブに勤めていた叔母からいただいた米国原盤の分厚いLPレコードも聴き、
歌手のバックで雄大かつ優雅に演奏されるオーケストラやビッグ・バンドにも心を打たれたものです。


今こうして筆者の幼年時代の思い出を振り返る時、これらの米国音楽の持つきらびやかさは今もなお輝き、
昨今はまるで御先祖還りのように真空管ラジオの音を愛で、日々をその柔らかでふくよかな音色で満たし、
(自慢ですが)しかも大音量で聴くことができ、僅かとなった残された人生の時空を満喫しているのです。
その音源はYouTubeをMDに落として、それをPHONO(プレーヤー端子)から接続して再生鑑賞しています。
( ちなみに更に自慢ですが、別にスピーカー4段組みのオーディオもあり、気分によって換えています。)
( そのほとんどが往年の中古セットですが、まるで劇場のようです。これを幸せと言わずに何と言おう!)
!(^^)!
脱線自慢、失礼。
<(_ _)>


今日はそんな幼き日に聞き惚れて、楽しませていただいたアメリカン・ポップスの数多の名曲星座の中から、
ほんの一部を時系列もある程度無視して、思いつくままに並べてみました。
これまでにない超特大版です。とは言え、これまでにも登場済み曲多数です。

では参りましょう。往年のアメリカン・ポップスの星々の一部を・・・
( 是非、外部スピーカーやヘッドフォーン使用にて良質な音源の再現で、お聴きください。)
_(._.)_ (^^)
(筆者注:翌日、更に1曲追加してしまいました。エへへ (#^^#)


まずは彼ら、
彼らの数々の楽曲が筆者の日々を飾り、その「ムーンライト・セレナーデ」で1日が終わりました。
今回の冒頭一発目の曲は、朝の目覚めの際に、一瞬にして元気パワーを貰える超ご機嫌な曲でした。

グレン・ミラー楽団、「アメリカン・パトロール」

 Glenn Miller , " American Patrol  "




音楽原体験の親子ラジオで頻繁に流れ出でた曲の代表で、その不思議な語感に幼児が飛びつかない訳がありません。
二つ上の兄と共に、「♪ワンダフルへッチャン・ドゥ~ビー、ワンダフルへッチャン・ゴー」等と合唱してました。
最後部では「♪ワンダフルへッチャン・ドゥ~ビー、ポポンユパンスターン」と締めてました(一体何語?(#^^#)。
後年になって実際の歌詞の内容を知って驚愕しましたが、恋人を刺殺したと逮捕された男の冤罪を歌ったものです。

キングストン・トリオ、「トム・ドゥーリー」

The kingston trio , " Tom Dooley", (1958)



上の楽曲と同じく、やはり幼い筆者ら兄弟がこのお馴染みの童謡曲に飛びつかない訳がありません。
ご存じ日本の唱歌、節々にチャイニーズ風味が加わって妙チクリンな味わいの珍名曲となりました。
ユーモラスな歌唱に加えて、バックの超不思議なアレンジとダイナミックな演奏がけだし秀逸です。
アーサー・キットは他にもアラビア風の「ウスクダラ」も歌っていて、こちらにも飛びつきました。

 証城寺、アーサー・キット

 Eartha Kitt , " Sho-jo-ji (The Hungry Raccoon) ",1955 




上2曲とは打って変わって、しっとりとしたバラードが女性の艶やかさを教えてくれました。
唯一無二の上品で涼やかな歌唱は他の曲にも共通していて、子供ながらも筆者は好きでした。
ゆったり流れるストリングスとオブリのレスポール風のギターの調べも昼寝には最適でした。
叔母から貰った多数のLPの中に彼女のアルバムが3枚も入っていて、筆者のお気に入りでした。

ジョ二・ジェイムス、「アイム・ソーリー・フォー・ユー・マイ・フレンド」

Joni James , " I'm Sorry For You My Friend "


筆者幼き昔から、綺麗な清楚系の歌声は筆者の好みではありませんが、彼女は何故か特別です。
ちなみに高校卒業後の上京以来、本土のAMとFM放送で彼女の歌声を聞いたことがありません。
本土ではほとんど無名の存在なのか、同世代前後の友人らも知らず、未だ以って全くの謎です。



「後日・追加版」

上の「昼寝」繋がりでもう1曲、とても大切な歌をすっかりド忘れしていて、翌日思い出しました。
休日に父に連れられて見に行った映画館の洋画、その中で最も印象的で輝いていたのが彼女でした。
そのとろけるような石鹸の泡のような歌声は、幼い筆者を瞬時に眠りの世界に誘(いざな)いました。
21世紀の今も未だファンも話題も尽きぬ永遠のハリウッド女優ですが、東洋の南島でも同様でした。
子供の頃はセクシーさは理解できませんでしたが、彼女の可愛らしい笑顔は素敵だとは思いました。

マリリン・モンロー、「帰らざる河」

MARILYN MONROE - The River Of No Return(1954)with lyrics


映画好きの父から教わった外国人女性の初めての名前かもしれません。
他には同時期に女優リタ・ヘイワ―スの名前と顔も教えてもらいました。
おそらくその当時、亡父が二人のファンだったんだと今にして思います。



「後日追加版ー2.」

思い出し第2弾、要するに再追加です。
(*^^)v

柔らかな歌声とオブリのアルト・サックスの抒情、大好きでした(今でも)。

モーリーン・エバンス、「ボーン・トゥ・レイト」

Maureen Evans -" Born Too Late " (1958)




こちらは昼寝と言うより夜の雰囲気で、冒頭から流れるバックの男性コーラスが幸せな眠気を誘いました。

アール・グラント、「ジ・エンド・オブ・レインボー」

 Earl Grant , "At The End Of a Rainbow "(1958)



こちらもまた上のジョ二・ジェームス同様に優しさ・暖かさ・爽やかさに満ち満ちた清潔感が大好きでした。
やはりバックのオブリのシンプル・ピアノ、ストリングスのたおやかな調べに小さな胸を打たれていました。

ナット・キング・コール、「トゥー・ヤング」

Too Young by Nat King Cole W/ Lyrics



「ケ・セラ・セラ」等、彼女の曲も、その多数が親子ラジオのヘビー・ローテーションでした。
節々で登場のロングトーンの語尾が真空管ラジオ全てを豊かに振るわせて、筆者も震えました。


ドリス・デイ、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」

Doris Day - Fly me to the moon - with lyrics


*

この人も超大好きな歌手で、その吐息混じりのハスキーな熱い歌声が筆者の叔母を想起させました。
叔母が愛人の米国将校からのプレゼントのレコードを「私、要らないから」と筆者らにくれました。
その当時、とても高価だったLPレコードをどっさり重ねて、小学生の筆者は鑑賞に耽ったものです。
今でも彼女の唄声を聴くと、条件反射で叔母のしゃがれ声と煙草をくわえた赤い口紅が浮かびます。

  ジュリー・ロンドン、「モア~この世の果てまで [日本語訳付き]」

Julie London, " More ~ The End Of The World "


幼き当時、親子ラジオや中波ラジオからは多くのコーラス・グループの分厚い声が流れ出てきました。
国内イメージの文部省推薦的な合唱コンクールや唱歌等とは正に正反対の、きらびやかな世界でした。

レノン・シスターズ、「夏の日の恋」
The Lennon Sisters, "Theme From A Summer Place" ❤ (Lyrics) ✿ 

これら魅惑のハーモニー、微妙な倍音が数多く発生して、その揺らぎ感が小学生ながらも快感でした。
またの機会があれば、そんなアメリカン・ポップスのコーラス・グループの特集を組みたいものです。


言葉の要らない華やかさ、まるでラスベガス辺りのショーを経験しているような派手な輝きです。
まるでライブ盤のような活きの良いノリ、バック演奏のバンドとのコンビネーションも秀逸です。

ボビー・ダーリン、「ビヨンド・ザ・シー」

Bobby Darin - Beyond the Sea - with lyrics



言葉の要らぬご機嫌さで、筆者も小5~中3頃に海辺のボートハウスのジュークボックスで良く踊りました。
勤務を終え、夜の街に繰り出す前の那覇航空隊の米兵らとも一緒になってバカ騒ぎした思い出があります。
時々は嘉手納からベトナムへ出撃する海上のB52の巨大な機影を眺め、その時だけは正反対の声が・・・。


ジョージ・マハリス、「ルート66」

Route 66 - George Maharis



当時、テレビで放映されていた人気ドラマの「ローハイド」の勇壮なテーマソングも歌っていました。
はじめはそちらの方にしようかとも迷いましたが、今回はこちら。いずれもが血沸き肉踊る名曲です。

フランキー・レイン、「ライダース・イン・ザ・スカイ」

Frankie Laine ~ (Ghost) Riders in the Sky (1963)



世界的で絶大な人気を誇るフランク・シナトラも、流石に子供の筆者にはその苦みある歌声は苦手でした。
筆者の注目(耳)を集めたのは彼の娘の方で、その頼りなさげな数々の歌声は今でも筆者のお気に入りです。
他にも大好きな曲多く迷いに迷いましたが、今回はこの幸せそうな父娘の軽快なデュエットを選びました。

フランク&ナンシー・シナトラ、「サムシング・ステューピッド」

Frank & Nancy Sinatra ~ Something Stupid (1967)



今回は敢えて1曲に絞りませんでした。アメリカ民謡(フォークソング)と、大好きなジャズ・ナンバーを。
俗世間を超越した力強くも清楚な歌声、ご観賞いただければ幸いです。
下はネイティブ・アメリカンの娘との悲恋を川の流れに例えた名曲です。

ジョー・スタッフォード、「シェナンドー(川)」

 Jo Stafford, "Shenandoah "



ジョー・スタッフォード、「レッド・リバー・バレイ」

 Jo Stafford and The Starlighters , "Red River Valley " (1949) -



ジョー・スタッフォード、「セプテンバー・イン・ザ・レイン」

Jo Stafford - September in the rain lyrics



ナット・キングコールと共にこの人の存在も幼い筆者の音楽体験から外せはしません。
数ある名曲・名演・名唱の中から、このコーナー幾度も登場のこの曲を敢えて今回も。

ルイ・アームストロング(サッチモ)、「ハロー・ドリー」

Hello, Dolly(Louis Armstrong)英語歌詞付き(With Lyrics in English)



こちらもやはり当コーナー幾度も登場の名曲です。
そのサラッとしつつも野太い歌唱、いつまでも耳から離れません。

サラ・ヴォ―ン、「ラバーズ・コンチェルト」

A Lover's Concerto【訳詞付】- Sarah Vaughan



中~高校生時代に安物・中古ギター抱えて、みんなで良く歌った名曲です。
スリー・コードで歌えるシンプルさと、デレデレで切ない歌詞がみんなを幸せにしてくれました。
キャンプやビーチ・パーリ―でも引っ張りだこの曲、米国人グループとも折々に合唱したものです。
「音楽は国境を超える」、正にその通りのコミュニケーションが筆者の思い出を良き物にしました。

エリザベス・ミッチェル、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」

Elizabeth Mitchell - You Are My Sunshine lyrics


出会って歌い始めて半世紀余・・・、今も何一つ変わることなく筆者の日常にて活きています。
胸がキュンとなるのも当時のまま、アコースティック・ギターの音色に溶け込み滲んでゆきます。



前回の当コーナーで紹介の女性シンガー、カバー曲も多く、多角的に楽しませてくれます。
透明感と張りのある伸びやかな歌声、当時の若者(特に女性)に人気があったのも頷けます。

 コニー・フランシス、虹の彼方に【訳詞付】

Connie Francis " Somewhere Over The rainbow "

* * *

「ええっ?凄い長尺!」 何と全部で20曲にもなったようですね。
( 翌日、1曲 追加したので全21曲となりました。さらに増えたりして・・・(-_-;)

これでも抑えに抑えてこうですから、いかに往年の米国ポップスが名曲揃いだったかが判ろうと言うもの。
編集中に選択しては「これではいくら何でも多過ぎだろ」と涙と共に消去したものも多数に上りました。

これらの曲、幼稚園前後に聴いて未だ飽きもせず、決して短くはない筆者の人生の節目節目で聴きました。
暖かい歌声による美しい旋律、バックを彩る感性豊かな完璧なアレンジと一発レコーディング等々・・・
筆者はこれら往年のアメリカン・ポップスに出会えた事を心から喜び、亡き父に感謝する今日この頃です。
何一つ色褪せることのない名曲たち。
この困難な時にもかかわらず、否だからこそ逆にその温かな音楽たちと共に日々を楽しく暮らすつもりです。
やがて来るかもしれない「死」の実感を初めて予感し、その覚悟を決めなければいけない今日この頃ですが、
これらの音楽たちを人生のBGMに選べることが出来た自らの人生を、一寸ばかり自慢できる春の日々です。

* * * * *

今回の新型コロナ・ウイルス禍、世界で最も多い60万人以上の感染者と3万人余の死者を出しているアメリカ、
( とは言っても肺炎感染発生国の非民主国家の数字や終息宣言は、全く信用に値するものではありません)
あの大きく輝いていたアメリカ。その現代の光景とは信じられないよう衝撃的な日々・事象が続いています。
あの贅沢で物量に富んでいだ世界の覇者たるアメリカが今、想像を絶する疫病の成す地獄図に喘いでいます。
私たちの住む日本もまたそんなアメリカの後を追い、「感染爆発」と「医療崩壊」の恐怖に晒されています。

私たちの住む日本の現在は、彼らアメリカの施した民主主義の上に成り立っていると言う歴史的事実を踏まえ、
(  ポツダム宣言後~講和条約成立前には、ソ連・中国らとの分割占領統治も検討されていたとの事実あり!)
太平洋の向こうの対岸の火事と捉えることなく、その恩恵を充分に認識した上で無力ながらも寄り添いたいと、
切に願い心配する日々です。
友人・知人も何組かいます。
彼らと私たちに幸運を・・・

" My deepest thanks to you, AMERICA "

" I'm very sorry for your loss and sadness,Now."

" I'm rooting for You , AMERICA "

" I really hope it goes well, soon ! "

" Pray for you and us."



「 日本もだけど、アメリカがんばれ !! 」

We're chasing after you as same situation in Japan. But,

" Hang in there !! AMERICA !! "


By (Hideki Toma ) T講師
( 取りあえずアップ)

「 めげることなく、共に頑張ろう!! 」
" Let's do our best together !!"


V (#^^#) V

2020年4月7日火曜日

「緊急事態宣言」やっと発令さる

晴れ・温暖
学童クラブ、本日より閉所
(但し、学童・小2男子1名来訪)

遅まきながら

政府・安倍首相、本日「緊急事態宣言」発令す


今回のこの伝染病による非常事態、未だかつてないとてつもない国難であり、また世界的危機だと感じています。
「阪神淡路大震災(1995年)」「東日本大震災(2011年)」等々、我が国は戦後の幾つかの国難を乗り越えてきました。
今回の「新コロナ・ウイルス疫病禍」にもまた同様に、官民一丸となって全力で立ち向かわなければなりませんが、
世界同時発生的なこの超大厄災は、我が国がかつて経験したことのない未曾有の危機だと、筆者は痛感しています。

これは目に見えない「戦争」そのものです。
たかがインフルエンザ等と侮るなかれ。
100年前に世界中に蔓延した「スペイン風邪」の感染死者が全世界で3000万人にも上った歴史的事実があり、
(第一次世界大戦の最中のことで、正確な死者数はなくも、推定では1,700万~5000万余に達したとの定説。)
筆者20代前半に興味を持ったオーストリアの画家エゴン・シーレが、我が子を宿していた妻と共に一家全滅、
弱冠28歳と言うその短い生涯に、想像して描いた生まれ出た赤子を抱いた家族3人の肖像画が衝撃的でした。
( 筆者、新P.C購入するも当ブログにてのアップ・ソフトなく、画像、掲載できないのが歯がゆい限りです。)
(-_-;)

「ミュージック・ギャラリー(その408):こんな時勢に・・・」

不真面目・不謹慎だと思われるかもしれませんが・・・、敢えて・・・、
さて、先程今回の新コロナ禍をまるで「戦争」のようだと記しましたが、筆者の胸に去来したのが下の楽曲です。
ベトナム戦争当時に発表されたこの曲、筆者の大のお気に入りアルバム(LPレコード)の冒頭を飾っていました。
不慮の死を遂げたギタリストのブライアン・ジョーンズ亡き後のバンド・サウンドの弱体化の懸念を完全払拭。
その当時、時代遅れの感を否めなかったギターアンプのトレモロ・ユニットが素晴らしい程 活かされています。
冒頭で始まるパーカッションのギロも、新加入のミック・テイラーのブルージー・フィーリングも感動ものです。
ゲスト女性シンガー、アレサ・フランクリンの悲壮感溢れるハイノート・コーラスも、筆者の胸を震わせました。

今回の危機、武力行使を伴った戦争ではもちろんありませんが、世界中の無辜の生命を大量に奪う超大厄災です。
動画のビジュアルがまるでコロナ・ウイルスの感染爆発(オーバーシュート)に見えるのは筆者だけでしょうか。
題名の「ギミー」はギブ・ミー(give me)の口語的表現です。外部スピーカーやヘッドフォーン接続でご視聴下さい。

ザ・ローリング・ストーンズ、「ギミー・シェルター」

The Rolling Stones -" Gimme Shelter " (1969), Official Lyric Video


ネット上にある幾つかの日本語訳詞、今回はその中から最も秀逸だと思われる個人様のブログから無断拝借しました。ご容赦。
<(_ _)>
よろしければ、その緊張感・危機感あふれるサウンドと共に鬼気迫る歌詞、ご鑑賞ください。

Gimme Shelter
Written by Mick Jagger and Keith Richards

Oh, a storm is threat'ning
My very life today
If I don't get some shelter
Oh yeah, I'm gonna fade away

嵐が俺の命を脅かす
今日、このとき
逃げ場がなけりゃ
俺なんて消えて終わりだ

War, children, it's just a shot away
It's just a shot away

子供達よ
ほんの銃の一発で戦争は起きるんだ

Ooh, see the fire is sweepin'
Our very street today
Burns like a red coal carpet
Mad bull lost its way

見ろ、炎が街を覆いつくす、今日この時
真っ赤な炭のカーペットになって
狂った牛は行き場を失う

War, children, it's just a shot away
It's just a shot away

子供達よ
ほんの銃の一発で戦争は起きるんだ

Rape, murder! It's just a shot away

レイプも殺人も ほんの銃の一発さ

The floods is threat'ning, My very life today
Gimme, gimme shelter, Or I'm gonna fade away

洪水が俺の命を脅かす、今日この時
逃げ場をくれ、さもないと俺なんて消えてしまう

War, children, it's just a shot away
It's just a shot away

子供達よ
ほんの銃の一発で戦争は起きるんだ

I tell you love, sister, it's just a kiss away
It's just a kiss away

愛はどこにあるか、君に教えてやるよ
一度キスしたらわかるよ、その先にあるから

By ladysatin, Technical Translator's Blog


勝手な転載、勘弁・感謝。
(人''▽`)☆

「ほんの銃の一発で戦争は起きるんだ」
正に歌詞のような一人の人間の感染が、こんなにも重大な結果(現在進行形の経過)をもたらしたのです。
それが誰だかは知りませんが、その1人目がいなければ今回の疫病禍は発生しなかったのかもしれません。
( ;∀;)

* * *

さて次の2曲目も何故だか、筆者の脳裏にて幾度となく再生されました。
冗談・大袈裟抜きに、これが筆者にとって聴き納めになるのかもしれません。
感染爆発や長期戦(多分1年以上続くのでは?)になった場合、生き残れる自信がありません。

上の緊張に満ちた危機的サウンドとは一転打って変わった甘い歌声と旋律の懐メロが、幾度となく流れ出でました。
何の不安も恐れも無く、ただただノホホンと生きていられた幸せだった幼き頃の時代への憧憬からなのでしょうか。

コニー・フランシス、Where The Boys Are / ボーイハント [日本語訳・英歌詞付き] 

Connie Francis, " Where The Boys Are " ( 1961 )

この歌を聞いた頃はもう筆者も小学生。幼稚園の頃の米国音楽専用の(有線)親子ラジオは我が家には既になく、
真空管ラジオで地元の日本語放送を聞くようになっていて、遠い祖国日本でも歌謡曲の全盛期でもありました。
KSBKと言う英語の中波放送もありましたが筆者は歌謡曲に目覚め、英語放送への回帰は中2~高校生の頃です。
この曲は近所に住んでいた従姉のMネーネーがシングル・レコードで聴いているのを傍らで聞いたのが最初です。
彼女は混血児。赤茶の頭髪を三つ編みにして、制服姿のまま一心不乱にレコードジャケットを見つめていました。

もちろんその当時、その良さ・魅力等まるで分かりませんでした(その後はロック等)が、大人になってから、
古臭い過去の物と思っていた彼女の甘い歌声がある日、筆者の中であたかも時限爆弾のように炸裂し蘇りました。
「切なさ」と言う言葉がよく似合うその粘りある艶やかな甘い歌声、21世紀の今日も未だに捕り憑かれています。

* * *

昨日の「入学式」の月曜日、学童クラブを卒業し、中学へと進学した学童ら(4名)が、制服姿を見せにやってきました。
ランドセルの3倍ほどしかなかった身長、6年間に随分と大きく成長した彼・彼女らの制服姿に感慨深いものがありました。
「な~に?これから中学生役の芝居でも始めるの?」とジョーク(嫌味)を言って、その姿恰好を記憶室の中に留めました。
「異性への目覚め」もそう遠くはない年頃です。ある者は既に目覚め好奇心満載で、またある者は未だ嫌悪中の只中です。

こんな非日常的危機的ご時世に、小学校の卒業式も中学の入学式も賑やかに盛大に祝ってはもらえない世代となりましたが、
彼ら・彼女らの近い未来に良き異性に出合い、遠くない将来に良き伴侶を見つけ、幸せになって貰いたいと願う今日です。

「おめでと~っ!」と大声では叫べない2回目の休校措置、始まりました。
もちろん、その休校解除の日がいつになるのやら、もはや誰も知りません。

危機、確実に迫るも・・・

「でも、共に頑張りましょう!!」

V (#^^#) V


By T講師

時々、アップします。よろしければお立ち寄りください。
_(._.)_

市内の携帯ショップにて複数感染者が確認されたとのこと。
割と近くなので、危機が身近に迫ってきた感ひとしおです。
(-_-;)

2020年4月1日水曜日

アトリエ、当面お休みします!

水曜日・冷雨
新年度の始まり

学童クラブにも、全細胞ピチピチの真新しい顔々・笑顔がやって来ました。
「世代交代」が著しく進んだことを、あらためて実感する一日でもあります。

😊


* * *

「緊急告知:アトリエ、当面 お休みのお知らせ」


御承知の国難的・世界的危機状況に鑑み、アトリエの活動も当面自粛させていただきます。
現時点では今月4月中をお休みしますが、状況悪化の度合いにより更なる延長も検討します。

全国民・国土的な「休校」や「不要不急の外出自粛」等の際のリフレッシュにでも役に立てると考えていましたが、
当アトリエは学童クラブも併設していて、濃厚接触の場であることは不可避。ここは大事をとって決断しました。

ご理解・ご協力の程、どうぞよろしくお願いいたします。
皆様の変わらぬ笑顔での再訪の日を、心よりお待ちしています。

その日を迎えるためにも筆者も罹患発症しないよう頑張ります。

_(._.)_ <(_ _)> (#^^#)



こんな形での異例の長期休み、2009年のアトリエ開設以来 初めてのことです。
でも、筆者の認識としては戦後最大の国難だと感じており、「見えざる戦争」に突入したと。
ある人々が患い、その中のある人々が逝き、悲しみが周りに・巷に・世界中に増幅されます。
それが誰だかは不明です(筆者らも当然含まれています)が、諸々のリスクを避けましょう。

By (有り難いことに平和な時代に活(生)かされて高齢者となれた)T講師

当ブログ唯一・恒例の「ミュージック・ギャラリー」等、今後も不定期ながらアップ予定です。
こんな時勢・時世だからこその「音楽」です。

😊 ♪~



「追記:国民の宝、志村けん、逝く!( ;∀;)」


あまりにも衝撃的で、もう何にも記せません。
「8時だョ!全員集合」「カトちゃん・ケンちゃん」「大丈夫だあー」「天才!志村どうぶつ園」等々・・・
特に共演の江本明さんとの長期間に渡る「芸者連作」等は、笑いと共に涙が出るほど超絶品でした。
彼の造り出した無数の笑顔の効力は計り知れません。

志村けん「本名・康徳(やすのり)さん」氏、享年70歳
多大なる感謝と共に、ただただ ご冥福を祈るしかありません。

🌸 🌸 🌸

「桜・櫻・サクラ・さくら・・・」

ソメイヨシノも我が家の枝垂れ桜も満開・真っ盛り!💛

竹内まりや、「人生の扉(2007年)」再び
City Pop Queen, Mariya Takeuchi , " Jinsei-no-Tobira "
(Music Gallery-406)

同世代シンガーの綴った歌詞が心身に沁み渡ります。
人混み(平年)の中の桜も、人影のない(今年の)桜も共に美しく。
来年の桜も果たして 無事に 見られるのでしょうか?

厚労省 未だ対応鈍く・・・
未だPCR検査 進まず・・・
人々に危機 芽生えず・・・

もはや「感染爆発」近し・・・
医療崩壊もまた遠からじ・・・
共に幸運を・・・

Invisible Satan is coming soon, in front of us,
just around the next corner,  maybe tomorrow,
 in JAPAN
Pray for you and us.

2020年3月9日月曜日

二人のポルトガル女性演奏家

月曜日・快晴・温暖・薫風 
まるで五月の大型連休時のような陽気でした。



最近にも増して、超々大幅な時差投稿となりました。
言い訳をさせていただくと新コロナ禍にて「学童クラブ」も大変な時期であり、筆者もまた私的に時間的余裕もなくなり、
ブログ投稿のための編集時間もなく、今までのように深夜作業もままならず(肉体疲労ゆえ即・瞬間寝落ち)の状態です。


「ミュージック・ギャラリー(その405)」

「ポルトガルの女性演奏家二人」

副題にありますが、今回は季節感に関係なく、筆者の好みの音楽や演奏家のご紹介です。
YouTube上で聴ける筆者の大好きな生演奏とその場面、今回もお勧め欄からの発見です。
「ブルース」繋がりで登場した彼ら、はじめは本場アメリカの演奏家たちのご機嫌な演奏動画だと思いました。
ブルース・フィーリングたっぷりなグルーブ感溢れる彼らの居場所、そこは以外にも・・・。

今回は国で言えばそこは「ポルトガル」、当ブログ、当コーナーでは初めての登場です。
我が国では(又は筆者個人的には)、あまり馴染みのある国ではないのかもしれません。
我が国との付き合いは明治の文明開化の頃が馴染み深く、パンやカステラ、トランプなど、多くの言葉を吸収しました。
古くは「鉄砲伝来」、昨今ではジブリ・アニメ「魔女の宅急便」の舞台となった美しい町のモデルとして注目されました。
また、音楽では地元ポルトガルを代表する哀愁を帯びた「ファド」があり、言葉ではブラジルの「ボサノバ」等が一般的です。

但し今回は国としてのポルトガル本来の音楽に着目した訳ではなく、筆者と同じく米国音楽の影響を受けた演奏家の紹介です。
そしてその音楽ジャンルは、前者が米国音楽の原点といっても良い「ブルース」であり、後者もまた同じく「ジャズ」です。
共にアフリカ大陸を起源に持つ黒人らによって、奴隷と言う北米でのその過酷な運命を背負った中から誕生した音楽です。
浅学な筆者の大雑把な説明はこれ位にして、早速 現代のポルトガルで活躍する女性二人の見事な生演奏をご視聴ください。
( 筆者注:適正なベース音再現のため、是非とも外部スピーカーやヘッドフォーンに接続してご視聴ください。)

ミルクン(ミルク・アンド)・ブルース(ポルトガル)
Milk'n Blues ( Portugal ), " The Thrill Is Gone ~ Summertime (medley) ", Studio Live

ブルースの醍醐味と快感、最もシンプルなトリオ演奏+3名の女性バック・コーラスが筆者のお酒のほろ酔いをぐーんと進めました。
レスポール・ギター特有の重く粘っこいクランチ・サウンドと、ブルース・フィーリングたっぷりな歌唱も堪りませんね。
でもほろ酔い気分な筆者の注目(耳)を一気に奪ったのは何を隠そう右端のブルースハープを握っていた黒衣の女性でした。

筆者注:ブルースハープとはハーモニカの一種で、ホーナー社(米国)の商標です。実際には10穴ハーモニカと言うのが正式名称です。
その特徴は全音階を吹くことの可能な通常のクロマチック・ハーモニカとは異なる難しさと個性的表現力が存在する面白い楽器です。
と言う訳で全ての音階がある訳ではなく、ベンディングと言う呼吸を用いた奏法で存在しない音階を調節して演奏する小型楽器です。
主要3和音が出しやすい半面、慣れないと必要な音程が取れなかったり、ブルージーな表現が出来なかったりする不便さもあります。
そんな小さなハーモニカを縦横無尽に駆使して、ブルージーな熱い表現を身体の内から自然に出している女性は特筆ものの才能です。
2曲目詞のリード・ボーカルを務める右端の女性の手首を力強く駆使したアグレッシブなタンバリンの奏法もまた筆者には快感です。



続いて同メンバーによる2曲目のカバー・メドレーです。
このメドレーもまた筆者の大好きなブルージー・テイストで、カバー演奏の醍醐味満載です。
ブルースハープの彼女、インディアラ・スフェア―の才能と情熱、イントロから全開です。

ミルクン・ブルース(ポルトガル)、「ミス・ユー(R・ストーンズ)、他2曲(ピンク・フロイド)」カバー・メドレー
Milk' Blues, Miss You( Rolling Stones)~The Happiest Days of Our Lives~Another Brick in The Wall (Pink Floyd ) Cover,

大のブルース好きな筆者、エグ味たっぷりな味わい深いライブ演奏と映像についつい飲みたくなってしまいます。
(#^^#)🍷


さてブルースハープ・クイーン、インディアラ・スフェア嬢の別のプロジェクト動画も発見。
こちらの演奏もまたアコースティック・カントリーブルースの世界を縦横に歌っています。

インディアラ・スフェア(ブルースハープ)、「アイム・タイヤード」

Ricardo Maranhão feat. Indiara Sfair -" I'm Tired "- Casa da Frente


歌とギターのリカルドさんの姓が読めませんが(すみません)、二人の演奏家の共演、まるでまんま米国黒人ブルースのようです。
こちらもやはりまたまた
(#^^#)🍷 イェ~イ♩


「脱線昔話」

筆者が高校生の頃、ボブ・ディランがハーモニカ・ホルダーを首にかけ、生ギターを弾いていた映像を見たことがあり、
「へえー、ギターと一緒に演奏するんだ」と。それが筆者にとってブルース・ハープとの最初の出会いかもしれません。
R・ストーンズやツェッぺリン等、ロック・バンドのボーカルの使用は知っていたもののギターとの同時は初めてでした。
その姿に一目惚れの好奇心旺盛な筆者、早速 楽器屋に足を運び入手を試みるも、しかし何処にもそれは置いてはいなく、
「無い物は作れ」は、筆者の小学生時代からのモットー。ならばと、クリーニング屋製の金属ハンガー2本を使用して、
ホルダーの自作に挑戦するも、ハーモニカを口に押し当てる際の固定と強度が重要で、うまくいかず断念した苦い記憶も。

やがて国内でもディランの影響を強く受けた吉田拓郎がデビュー、「イメージの唄」の間奏でハーモニカが登場しました。
その頃にはやっと故郷の楽器屋でもハーモニカ・ホルダーを販売開始、念願叶って購入。アコギと共に練習に励みました。
我が家にてロック・バンド練習の際、筆者のアコギにハーモニカ・ホルダーを首から架けた姿を初見参のバンド仲間たち、
「アッセ!何ねえ~、その恰好~?、まるでチンドン屋みたいさあ~!」と全員に笑われてしまいました。とにもかくにも、
筆者もまずはアコギにて間奏ハーモニカのメロディーを完コピー。その後、小さなヤマハ製のハーモニカをホルダーに固定、
吉田拓郎のメッセージ性の強い長文歌詞と共に全曲コピー、筆者のフォーク・レパートリーの代表曲の一つとなりました。
そんな訳で、
筆者が熱中し組んでいたロック・バンドとは別の友人らと共に、アコースティック・ギターの世界にもハマっていきました。
当時の国内のフォーク音楽界には豊かな歌詞と美しい旋律の音楽家らが多数おり、筆者も彼らの影響を強く受けたものです。
吉田拓郎以外にも「岡林信康」「五つの赤い風船」「遠藤賢司」「加川良」「高田渡」ら、個性豊かな面々が揃っていました。
そこには狂熱的な米英ロックの演奏世界とはまた違う、文学にも相通ずる人間や人生・社会の機微や情感が満載の世界でした。
( その内、当コーナーにて そんな国内フォークの特集があるかもしれません。)
(*^^)v

* * *

さて次に紹介する若き女性演奏家もまたポルトガル繋がりでYouTubeのお勧め欄の登場、試しのワン・クリックが活きました。
ムリリョ等の古典絵画のようなまだあどけない表情も残るうら若き女性演奏家の歌唱と演奏に、ご機嫌になってしまいました。

アンドレア・モティス、「マイ・ベイビー・ジャスト・ケア・フォー・ミー」
Andrea Motis , Joan Chamorro Quintet, and Scott hamilton ," My Baby Just Cares For Me "

フリューゲルホーンに通ずるような乾いた音色、端正なフレ―ジング、彼女の性格が垣間見れるような好ましさです。
このライブ当時、何と彼女は弱冠22歳とのことで驚きです。来日経験もあるようで今後の活躍が大いに期待されます。


彼女の2曲目、こちらも更にご機嫌で、ジャズの大定番スタンダードをサラッとした歌唱と演奏を披露しています。

アンドレア・モティス、「モーニン」
Andrea Motis , " Moanin "
HAMILTON


気だるい脱力感・歌唱と、軽快でダウンホームなバックの演奏が筆者を心地よく睡魔へと誘ってくれます。


ラストの3曲目、上記のクインテットに更にオーケストラが加わり、爽やかなボサノバを聴かせてくれます。

アンドレア・モティス、「ソリチュード」
Andrea Motis (voz y trompeta),Joan Chamorro ( Contrabajo), & Simfonica Del Valles
" Solitude "


お楽しみいただけたのなら幸いです。
!(^^)!

* * * * *

「後記:筆者私見」


(気がつけばえらく長くなってしまいました。どんどんパスしてもらって大いに結構です。)
(-_-;)

ただでさえも超遅れ続きの当ブログ、今回の新コロナ禍で周囲もすっかり混乱、士気も下がってしまい、
憤懣やるかたない理由は数多く、記さないのは不本意だし、記すとなればこれまた正確さを期さねばならず、
限られた時間内での筆者のその筆力は余りにも薄っぺらなもので、多分に誤解を生む結果となるかもしれす、
可能な限り正確かつ多角的に記すには余りにも多くの文面を綴らなければならず、これまた非現実的過ぎで、
取りあえず2点に絞って記すことにしました。

「まず国内の感染状況にまつわる問題」

前回に続いて、浅学ながらも筆者の私見を少しばかり記したいと思います。
浅学とは言え、筆者20代の一時期に於いて医学雑誌の取材カメラマンをしていたことがあり、多少は内部事情に詳しく、
国立や民間各医大や大病院等で多くの医療関係者たちの話を聞く機会を得て、編集者の解説と共に耳を肥やしたものです。
取材・撮影に応じていただいた専門家らの話で、特にオフレコでの様々な医学界にまつわる内容が個人的には衝撃的でした。
複雑怪奇な利害関係、厚労省を筆頭に官民・官僚と政治家・医師会・医大・学閥・薬品メーカー等々、難問題が山積でした。
その医学雑誌の読者が業界ゆえ、問題提起や告発など無理で、担当取材記者の苦悩と割り切り方が悩ましくも印象的でした。
目標だったジャーナリストとは程遠く、今は家族を養わなけらばならない一サラリーマンでしかない、と酒席で呟きました。

前回、PCR検査数が伸びないことに対しての緊急輸入を記したのにもそんな背景があって、筆者的にはじくじたる思いでした。
国内薬品メーカーを保護するのは重要とは知りつつも、国際競争力を持ち得ない国内農業界のような甘やかし方も問題大です。

前置き 長くなりましたが、筆者が個人的に感じている実態とはかけ離れた国内の感染者数はそんな極めて少数過ぎる検査数にあり、
それはいみじくも現政権や政府の思惑と、結果的に一致しているのではと(下衆の勘繰り的)推量を固めている次第です。

今回の初動の「水際作戦」が遅まきに失したのは、大雑把に云えば三つの理由が考えられます。
まず一つ目は、4月に来日予定の国家元首を迎えるにあたっての官邸や外務省らの忖度であり、
二つ目がインバウンドの大きな割合を占める大陸からの観光客らの消費による経済的理由です。
最後の三つ目が、かねてより計画進行してきた東京オリンピックの開催を目指したが故にです。

端的に言えば、我が国としては是が非でも東京五輪を開催したいがための意図的な情報操作であり、隠ぺい工作だと推測しています。
( とは言っても筆者は現政権を支持している者であり、ここはあくまでも「是々非々」でその対策に不満を持っている者の一人です。)
我が国として7月の五輪開催に固執し、その実現化のための政策・広報・印象操作が実行され、パンデミック状態の数字が矮小化され、
まるで太平洋戦争中の事実とは余りにもかけ離れた大本営発表と変わらぬものになっているのでは、と個人的に危惧している次第です。
その発表数字を鵜呑みにした潜伏感染者が自由に外出し、新たな感染者を増幅させているのではないか、と危機的状況だと感じています。
その結果は、現時点での的確な広報での危機意識で国民一人一人が慎重になった方が、危機意識希薄より短期で済むと思っています。
危機が誰の目にも見えた時には既に手遅れです。そうならないようにするのが最も重要な時期で、それが今だと筆者は考えています。
世界的感染禍・同時不況の様相を呈してきたこの状況下に於いて、五輪開催を強行するのは無謀だと言うのが筆者の個人的意見です。


「国外に於けるプロパガンダ・改ざん・隠ぺい国家の存在と、偏向の国際機関」

最後に更にもう一つ付け加えるならば、
このような危機に際して本性を現すのが人も国もそうで、近隣の二か国のあり得ないような言動や反応には呆れ果ててしまい、
感染発生国での迅速で正確な情報の公開・共有が速やかに行われていれば、少しはこれだけの感染拡大が防げたのではないかと。
「春節」時の世界規模の民族大移動は各国にお金を落としもしましたが、結果的に同時に未知なる疫病をも広げてしまいました。
また隣国のK国にしても、疫学的見地からのビザの停止などの我が国の措置に対して、殊更に被害妄想的対抗措置を実施したりと、
民族的差別や口激は厳に慎むことは当然としても、これらの国の為政者たちの厚顔無恥さ加減にはつくづく閉口してしまいます。
元より発生国政府の発表したこれまでの各種数値データは信頼性に乏しく、改ざんが日常で、責任ある国家には程遠い存在です。
更に付け加えれば、感染拡大初期に於いて発生国に忖度して、正当な声明を出さなかったWHO事務局長の大罪も見逃せません。

「結び」

今回の新コロナ禍に際して社会や人々の表面・眼前に見えてきたことは、
今まで理想的だと言われ続けていた共存共栄のグローバリズムの「負の側面」が著しく顕在化された現象と言わざるを得ません。
「たられば」式の仮定法はもはや通用しませんが、
日々刻々と状況は変化・悪化し、世界はパンデミックによる世界同時不況へと突き進んでいます。
行き過ぎたグローバリズムで日常生活をすら守れない経済の結びつきが安全保障にも影を落とし、
国家統制による強権的輸出入管理が具体化された時、我が国の国民生活が大混乱するのは必至で、
非民主大国と共存しつつも、決して依存してはいけないと言う教訓をこそ学ぶべきだと思います。
「物造り」の国のはずの我が国の自動車産業ですら部品供給が絶たれた今日、工場稼働が不能です。
コストカッター氏の容赦ない切り捨にて国内部品工場が倒れ、大陸の安い部品に頼った結果です。
21世紀の巧妙な「世界・新アヘン戦争」渦中の現在、その甘い誘惑の罠を絶たねば明日は・・・
目先のみの近視眼的利益より、鳥瞰図的な戦略の再構築が私たち国民一人一人に問われています。


(注:上記私見、先週3/10時点での記述です。日々刻々と変わる状況に、後日追加や修正ありかもしれません。)

* * *

「筆者近況」

学童クラブ内・送迎車内でのマスク着用、手の消毒、対面食禁止等が休校期間中の新規則・義務となりました。
マスク不足の折り、母君手作りの小さな柄マスクで来所する子らの健気な姿を見て、思わず胸が熱くなってしまいます。
戦時中のやはり空襲時の母親手作り防空頭巾の話をつい思い出してしまいました。


筆者個人的には、クラブ施設の改良のための大工仕事と、積年の手つかず荒れ放題の我が家の庭木の剪定作業等で日々多忙。
おかげで肉体労働の疲れゆえ、夜は即・瞬間寝落ち。YouTubeもブログ編集も出来ず仕舞いの充実した日々を過ごしています。
美しく快風に恵まれた日々に、それらを満喫できることに感謝です。
桜(ソメイヨシノ)ももうすぐ。
v (#^.^#) v

By T講師
(超遅まきながらも、取りあえず久々の暫定アップ)

2020年3月2日月曜日

卒業「終わり 始まり」の春

月曜日・冷雨

今日はあいにくの雨でしたが、昨日は暖かな春の陽光に包まれました。
新コロナ・ウィリス感染禍の今春、祝い人の姿なき「卒業式」も多くの高校などで執り行われました。

今回もまた恒例の「大幅な投稿時差」、ご容赦。
<(_ _)>



「ミュージック・ギャラリー(その404):春の歌」


早春の頃、当コーナーでも度々取り上げている春の「学校唱歌名曲」、今年もまた。
(筆者注:「動画冒頭のYouTubeで見る」をクリックの上、ご視聴ください。)

早春賦、歌:倍賞千恵子
作詞:吉丸一昌、作曲:中田 章、1913年(大正2年)
" SOUSYUNHU (Japanese Early Spring Song in old time)"

歌詞の「♪春は名のみの~♩」、今年はその逆で「冬は名のみの~」で早々に大陸へと立ち去ってしまいました。


筆者の大好きなカバー曲、今回は邦楽で攻めてみました。
我が国の「春」には諸外国とはまた違った意味と趣きがあり、その情感は独特です。
自然の美しい春を迎えつつも、「別れ」や「出合い」をも含まれた複雑な感情の入り混じる季節です。
特に「卒業」を迎える若い人々にとっては、前後ある人生の中で忘れ難い「春」には違いありません。
動画の中に登場の「桜(ソメイヨシノ)」には少々早いですが、野や里には早咲きの梅津桜が開花中。
若人による「春」、美しい映像と共にどうぞ。

「春の歌(2005年)」スピッツのカバー、歌・演奏:RIRIKO
" Haru-no-Uta (Spring Song)" ( The Spitz ),  Cover by RIRIKO


ボーカル RIRIKOさんの淡々とした歌唱とギター(少々ツッコミ気味ですが)、バックのテレキャスによるエレキでのオブリ、快感です。
加えてバックでさり気なく薄くかけられた2本目のアコギと途中登場のコーラス、後半で歪みをかけたテレキャス、やはり快感です。
シンプル地味ながら、よく練られていて絶妙なアレンジ&サウンドです。
(*^^)

「♪遮るな、どこまでも続くこの道を、歩いてゆくよ、サルのままで、孤り、幻じゃなく歩いていく~♩」
スピッツの草野マサムネ(正宗)君(氏)の面目躍如な含蓄ある感性豊かな詞の世界、いつまでも輝いています。


「 脱線今話:筆者、変なオジサン化 (?) 」

春の陽光に恵まれた日曜日のこと、車で走っていると何組かの複数高校の制服姿の女子高生らに道すがらに遭遇(男子見えず)。
チャリを連ねて歩道を行く(ホントはNG)2~3人連れ、信号待ちで見ると胸にリボンとカゴには卒業証書入れのあの円筒形。
御承知の通り、新コロナ禍にて集会規制のご時世、ご両親や在校生らに祝福されることなく、各教室でのみの卒業式との報道。
幾度目かの信号待ちの筆者、車の窓を大きく開放、傍らの歩道でやはり信号待ちの女子高校生3名に大きな声で叫びました。
南国生まれ・育ちの常日頃の筆者、見ず知らずの他人との垣根はほとんどなく、躊躇ない声かけには何の抵抗もありません。
「オーイ!卒業おめでとー!頑張ってねー!(^O^)/」
白昼とは言え、見知らぬおじ(お爺?)さんに路上で車から突然に声をかけられたら、驚いてひいてしまう子も当然いるでしょう。
でも違いました。
「あ、ハ~イ! ありがとうございます! 頑張りま~す!」
筆者の突然の呼びかけにもかかわらず、幸いにも彼女ら3名全員が合唱のように即座に応えてくれました。
信号が青に変わりました。
抜き去る筆者に彼女たちは笑顔で手を振ってくれ、後方のドライバーもそのやりとりに卒業に気がついたようです。
その後方車の助手席に乗っていた中年女性の方も「おめでと~」と声かけたようで、彼女らに手を振っていました。
バック・ミラーに映るそんな光景を見て、「良いこと、したかな?」と、一人悦に入ってしまいました、とさ (^^)。
「ささやかながら筆者のせめてものエール、ちょっとは良い話しじゃありません?」

小・中・(特に社会に出る)高校生の皆様、ご卒業おめでとうございます。

災害・疫病・(訪れ始めた)不況や厳しい社会に負けずに、新たな出発にしっかり前を向いて対処していって下さい。
皆様の大いなるご健康とご健闘を祈らざるを得ません。影(無力)ながら応援します。

!(^^)!


* * *

「付録:景気づけ(一服の清涼剤)の歌 2本」

大変な状況の昨今、先が見えず不安だけが増大し、巷も個人も負のテンテコマイ。
そこでそんな不安で暗い世相を少しでも払拭しようと、元気になれる(かな?)動画をお借りしてきました。

まずはフランスのご機嫌な彼らの生パフォーマンスを。

アバロン・ジャズ・バンド、「スーベニヤ・スーベニ(ィ)」ジョニー・アリデー・カバー

Souvenirs Souvenirs (Johnny Hallyday) - Avalon Jazz Band, Vocal by Tachiana Eva-Marie



タイトルはもちろん「おみやげ」です。子供でも大人でもそれはそれは嬉しいものです。
子供の頃よく見たあの「クマの彫り物」なんかじゃ、ありませんよ。食べ物のことです。
(そう言えば、上京後にゴミ捨て場に捨てられた憐れ埃だらけのクマ君の姿、数知れず。
フランスはパリならではの軽妙洒脱なお洒落・ボードビリアン風な雰囲気が超快感です。
ヴォーカルのタチアナさんの天真爛漫な笑顔のミュージシャンシップに心が洗われます。


次は往年のスィング・ジャズの乾いた明るさの趣きを(長尺ですが)味わってみてください。
トロンボーンの音色やサックス隊の生み出す温かな雰囲気のハーモニーが秀逸です。
針が拾うレコード盤から発せられるゴミのチリチリ音も併せてお楽しみ下さい。

ジェリー・フィールディング・オーケストラ、「スウィート・ウィズ・ア・ビ―ト」

Jerry Fielding Orchestra Sweet with a Beat GMB


これらの暖かいジェントル・ビートやサウンドもまたビッグ・バンドならではの醍醐味です。
のどかな春陽気の昼最中、ぬる湯風呂に浸かってシャボンの香りに包まれ、その後に昼寝を。
平和・平安・平穏の(今にも消え入りそうな、宝物のような)日常を満喫したくなりました。

V (#^.^#) V

以上、お楽しみいただけたのなら幸いです。

* * *

「筆者後記」

記したいこと山ほどあり過ぎて、後日追記あるかもしれません。が取りあえず、

「 休校中、学童クラブ内でのクラスター感染は全然OKなの !? 矛盾 おかしいでしょ!」
濃厚接触の場である事実は不可避。リスクを負いつつも開けざるを得ない状況ながら、集団発生に至ったら閉鎖しか。

「 感染防止ゆえの休校中なのに、なんで 渋谷や原宿は小中高生らで混雑しているの?」
近隣でのオープンエア―な公園や散歩等は可ですが、上記の場所には公共交通機関が使用されていて、問題多々では。

「水際作戦もPCR検査も一向にせず、実態とかけ離れた数字に矮小化する我が国の御上」
インバウンドと大陸に忖度の結果、雪祭りの北海道にまず飛び火。正しい広報と危機意識で短期的リスクに抑えるべき。

「満員電車通勤の人々に防護策なく家庭内の縦軸感染、職場や学校での横軸感染リスク」
感染が判明するまで8回も複数医院受診の陽性者もおり、緊急輸入で民間検査可なスイス製の検査キットを導入すべき。
代々に、国民の生命や健康を顧みず輸入を閉ざし、ひたすら天下り先の利権のみを守る厚労省の悪弊も愚劣の極みです。

その他、色々・・・


前回に続いて「憤懣やるかたない状態の」
By T講師

但し、不足していたマスクや消毒用アルコール・ジェル等は、保護者の方々よりご寄付いただきました。
ありがとうございます。当クラブにて鋭意 有効利用させていただきます。
_(._.)_



この春は、果てしない「負の連鎖」の始まりなのかもしれません。
せめて「平和」も「平安」も「景気」も他(国)人任せではいけないことに気がつき、対応していく契機となれれば・・・。
(-_-;)


2020年2月24日月曜日

冬去りて、未曾有の春 来たる

月曜日・快晴・温暖
「天皇誕生日」の振り替え休日

令和天皇・初の誕生日(60歳)でしたが、新コロナ・ウイルスの感染防止のため、一般参賀は中止となりました。



ここまで時差ある投稿、今や恥じ入るを知らず。
 By T講師
(-_-;)、<(_ _)>、_(._.)_

「ミュージック・ギャラリー(その403):冬去り歌、春訪れ歌」


「寒の戻り」等、もはや有り得ないのではないかとの思いが、日々確信となってきました。
そこで早々の嬉しい「春訪れ」と、早々と去りゆく「冬」を惜しんだ特集としてみました。

まずは「去りゆく冬」。
今年は本格的な降雪もなく、我が家の庭の小さな池の表面氷結もたったの1日のみにて、冬が退場してゆきます。
「春」が来るのは掛け値なしに嬉しい半面、澄み渡る冬の空や木立の美しい情景が去りゆくのも淋しいものです。

ニューエル・オラー、「アイル・ビー・シーイング・ユー」

 "I'll Be Seeing You"  (most beautiful heartwarming version)

Artist: Newell Oler

演奏者がどこの国の人だか(名前の読みも)不明ですが、多分欧州系ではないかと勝手に推測しています。
動画に登場する景色はドイツのフランクフルト周辺らしいので、当地在住のピアニストかもしれません。
今冬はお目にかかれなかった冬の繊細なモノトーンの世界が、筆者の住む厚木・森の里周辺と被ります。
曲は1940年代のミュージカルの歌で、ビリー・ホリデーが取り上げ、ビンク・クロスビーでヒットしたとの事。

「冬よ、さらば。」

* * *

次に「春訪れ」

日々、陽光が力強さを増し、眩しさと暖かさをも増し、それに伴って里や野の植物や昆虫らが目を覚まし始めました。
日々の営みの中で赤褐色の山肌や木々を見せていた丹沢の峰々にも春が訪れ、その周囲には春霞が生じてきました。
乾いた空気の清らかな大気が退き、代わりに太平洋の湿気を帯びた温かな空気が列島の南岸を包み始めたようです。

当コーナーでも過去に取り上げた曲で、雪解け水がチョロチョロ流れ出すような「春訪れ」を感じさせる雰囲気、
只今、オリジナルのヤン・ガルバレク(Sax)とキース・ジャレットの共演がYouTube上には残念にもありません。
そこで幾つか投稿されている方々のカバー曲の中から、春らしい映像を含めた上での動画をお借りしてきました。

「マイ・ソング(キース・ジャレット)」カバー、ピアノ演奏:ポパイ・ノット・セイラー
 " My Song " Composed by Keith Jarrett  , Cover By Popeye Not sailor

筆者ら幼少の頃の米国アニメ「ポパイ」のセーラーマン(船乗り)をもじった投稿・演奏者様、ありがとうございます。
春訪れのような演奏と映像、喜んで転載使用させていただきました。
_(._.)_



春訪れは、そりゃあ嬉しいものです。でも筆者の暮らすここ厚木の郊外の冬の情緒も好きで、ちょっと複雑な心境です。
ちなみに、
筆者の故郷(くに)の友人らは「何で帰って来ない?あんな寒いとこから。」等と折々に引き上げを勧めるのですが、
そりゃあノンビリ「常夏」の南島も良いですが、美しい四季のある情緒や暮らしにも捨て難い魅力を感じています。
(おっと、でもやたら暑いだけのこちらの夏だけは、勘弁してもらいたいとは常々感じてもいますが・・・。)

季節の移ろいや混じり合いが日々交錯して、今春は花粉症も早 勃発。春霞も発生。巷では卒業式も間近でした。
でも、未曾有の春が来たりて、人々の暮らしを直撃。異例尽くしの「厄春」となりそうな気配が漂っています。
平凡で何でもないと日頃思っている「日常」がこんなにも簡単に崩れるとは、災害が降りかかって知るのです。
数多(あまた)の見えざる組紐の有り難さに大いに感謝しつつ、その脆弱さをも危惧しつつ、「春」の訪れです。
さてこの春、どのような暮らし方・過ごし方ができるのか、まるで未知数です。

とは言え、「春よ、来い。」

* * *

「筆者寸感」

巷では「新コロナ・ウイルス感染」の話題で持ち切りですが、筆者的には聞き捨てならぬ大バッド・ニュースがありました。
JASRAC(日本音楽著作権協会)による著作権使用料の徴収に関しての判決が出て、ヤマハ音楽振興会の敗訴が決定しました。
詳細の記述は止めておきますが、政府・裁判所公認の、まるでヤクザまがいの「みかじめ料」の徴収が認定されました。
これは音楽教室で使用される全ての練習用の楽曲にも「著作権使用料」が発生し、その徴収が行われると言うものです。
教室で使用される楽譜裏にはこの団体の認証があり、既に許諾と使用料が支払われているので二重取りもいいとこです。
以前には過去分まで遡っての著作権使用料の徴収が認められて、全国ほとんどのジャズ喫茶が倒産に追い込まれました。
JASRACによる著作権者の権利と保護を「金科玉条」の御旗に、なりふり構わぬあこぎな要求がここ近年続いています。
しかしその実態は極めて不明瞭で、実際 個々の著作権者に適確な著作権料が支払われていると言う確証もないらしく、
TV局等の場合は年間での一括支払いとのことで、個別の演奏家らには具体的再生回数では支払われてはいないとの事。
例えば、メイナード・ファーガソンの「ロッキーのテーマ」等よく流れますが、彼に支払われてはいないと思います。
その権利の保全の事業等に支出するとのことですが、随分と抽象的で、個人的には全くもって解せないものがあります。

彼らの言う理屈・権利が今後もまかり通るなら、ひょっとして筆者の当ブログのこのコーナーもその対象になりそうです。
またYouTube上を賑わしている数多くのプロやアマの歌手や演奏家のカバー曲等も無断使用での違法となってしまいます。
街角に立つストリート・ミュージシャンとて少額であっても営利目的には違いなく、許諾なしの違法となってしまいます。

「新コロナ禍」も怖いですが、
今回の「JASRAC禍」もまた豊かな音楽文化生活に巣食う見えざる驚異と言っても、もはや過言ではないのかもしれません。

By (色々と憤懣やるかたない、今週の)T講師
(-_-;)
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マスクや除菌剤、未だに何処に?