2021年6月13日日曜日

春は彼方、梅雨がもう目前に

日付的には、一週間ほどの遅れとなってしまいました。

関東地方、6月14日には「梅雨入り」となりました。



さて、爽やかな5月の薫風も去り・・・・

ここしばらく、「梅雨後の夏(?)]のような蒸し暑い日々が続いていますが、

筆者もまた「ゴリ押し五輪」前の様々な報道により、少々ご機嫌斜めです。


中国武漢発の新型コロナ・ウイルスが世界中に拡散・感染され、無数の命を奪い世界中の日常的構造を破壊してきました。

国内でも医療崩壊が深刻さを増し、病床数世界一を誇っていたはずの現場の手当ても受けられず、近親者にも看取られず、

「待機センター」等と称される、太平洋戦争中の野戦病院さながらの劣悪環境下で亡くなられる方々も増え始めました。

「明日は我が身」も非現実的に非ず、また夢多きはずの若者らの諸行動も著しく制限され、名ばかりの学生生活を送り、

対面授業も無く、新たな友作りの機会も無く、ましてやバイトも無く、親元からの仕送りのみにて無為徒食に追い込まれ、

多くの時が無駄に流れては消え去り、敢えて皮肉を込めて表現すれば、「晴れの成人式」に出席することになるのです。

巷の数多くの「応援歌」が皮肉や嫌味に聞こえる程に、若者らを取り巻く生活環境はもはや救いがたい危機的状況です。

それはコロナ禍・以前から社会を蝕み始めていたのですが、今回の「コロナ禍」で更に深刻さを増したことは確かです。

そんな危機的状況下に於いても、人は人に恋をし、唄を作り歌い、或る者は時代との摺り合わせに成功していくのです。

前置き、余りにも長くなりましたが・・・、


* * *


「ミュージック・ギャラリー(その436)」

「遅ればせながらの ”あいみょん” 登場」


以前より、ここ最近お気に入りのシンガー・ソングライターですが、当コーナーへのアップの時期を逸してきました。

初めて彼女の「マリーゴールド」を聞いた時、筆者告白すれば涙腺崩壊してしまいました(*ノωノ)。

送迎車キャラバン・コーチ(10名乗り)の唯一の音源のAM放送のNHKでその歌は流れ出しました。

小学校への迎えの時ゆえに、大きな空間にただ一人の筆者は誰はばかることなく涙を流しました。

車窓正面には緑の丘陵と丹沢連峰の山々が連なり、その上空には数種の雲々が広がっていました。

「いい年こいて」と筆者自身も思うも、その曲と眼前の素朴な風景と相まったのかもしれません。

その際、筆者の胸と脳裏に去来したのは筆者の青春時代の、昭和の感触だったような気がします。

それは視覚とは別の遠き過去の肌触りや生温かさや、決してクリーンだけではない匂い等でした。

車のビニール皮のシート、米軍払い下げのカーキ色毛布、冬服に染みつくナフタリン・・・。

赤ガス(有鉛ガソリン)、アセチレン・バーナーやマッチの燃える匂い、下水溝、お線香、汗の匂い。

「あいみょん」、素晴らしい感性世界の持ち主に出会った瞬間です。

耳や胸に温かくも懐かしい音楽世界が充満し、ザラッとした質感が、いつまでも筆者の脳裏に残留しては蘇ります。


好きな曲多数あれど、今回はこの3曲を・・・


AIMYON (あいみょん) - 「Marigold (マリーゴールド)」 (Lyrics Japanese | English),2018



あいみょん [裸の心] - 歌詞付き 2020年



あいみょん ~ ハルノヒ LYRICS AIMYON - HARUNOHI, 2019年



「いい歳こいて」と自虐するも、
でも歳、全然関係ないですね。
良いものは、直接心の奥底にまで直球で侵入して突き刺さってくるものです。
良い曲に出会えて、幸せがまた大きく増えました。

(*^-^*)

* * *


「筆者後記」


最近の筆者の義憤に満ち満ちた心境(五輪関係です)をどうしても記したくて、

とは言え、大切なフロント・ページを汚したくはないと言う思いもあり、

何とチョー久々に「T講師コーナー」の方に投稿しました。

実名入りの罵詈雑言を、つらづら書き綴ってしまいました。

未だ推敲前の状態ですが、そんな気持ちにもなれず、ただただキーを叩きました。

でもそれで多少は気分が晴れましたが、更なる義憤ネタが次から次へと・・・

ああ・・・

興味のある方(そんなゲロゲロに興味無いか)、よろしければご訪問ください。


By (ご機嫌斜めの、但し基本・機嫌良しの)T講師

ヮジワジ・ニコニコ

(# ゚Д゚) (#^^#)


2021年6月5日土曜日

安心安全・夢や希望の悪夢呪文


「安心安全・夢や希望」の悪夢、無根拠呪文


I.O.Cをはじめ、政府要人や五輪 関係者曰く

 「安心・安全」

「夢や希望」


「ハア~!?、何がだ !? 何処がだ !?」

傷々レコードの針溝じゃあるまいし、

根拠のない精神論の繰り返しに終始し、

そんなお題目、もう聞きたくもない!!


「パンデミック下での五輪開催は普通はない」正にド正論。

分科会の尾身会長の発言が「自主的研究」だって!?

お前らのは無根拠「新興宗教の呪文」じゃないか!?

今まで都合よく利用し、この期に及んで手の平返しか!?

都合の悪い正論意見を突きつけられて、逆突き放しか!?

無根拠に無責任権化の政府、誰も追いてきてはくれません !!!


「 ’ざけんのも大概にしろ!!」と叫びたい心境ゆえ、

再三に渡る毒コメント、つい敢えてアップ、お許しを!

<(_ _)>


* * *


ついでの・・・

「ミュージック・ギャラリー(その435)」


昨日が強風雨だったこともあり今回この名曲が筆者の脳裏深くからジワリと蘇りました。

吟遊詩人ジム・モリソンの紡いだ歌詞、意味深で筆者の想像力を痛く掻き立ててくれます。


 The Doors ドアーズ、"Riders on the Storm " 和訳 「嵐をこえて」


People on the storm

There's a killer virus on the road

and Money-grubber on the People


His brain is calculating his share

He never care of other life, That's all  


If you give this man a ride

Sweet family will die

Killer on the People


lyrics arrange by H.Toma


Go to hell !!!

I.O.C.& J.O,C., Politicians, higher Officials !

Especially,

Chinese Communist rulers !

You first & most deeply !


* * *


「お知らせ」


前回の大瀧詠一特集に、新たな動画とコメントを追加しました。

もしよろしければ、再訪ください (*^^)v_(._.)_。


By (アトリエでの指導お休み中の)T講師


2021年5月30日日曜日

お口直しは、大瀧詠一の名曲で

大好きな5月とも お別れ・・・

(編集がやっと終わりました。(´▽`) ホッ)


個人的な義憤の感情が契機となり、サボりにサボり続けていたブログが復活を果たすことができました。

でも2度に渡った個人的不満を更に続けるつもりは毛頭なく、今回はその口(耳)直しを試みてみました。

で今回、

筆者が選んだのは、当ブログでは初登場のJポップの草分けとも言える故・大瀧詠一氏の楽曲でした。

告白すれば・・・

実は筆者、70年代初頭の当時に台頭してきた「ニュー・ミュージック」と言うジャンルが嫌いでした。

60年代中頃から、若者を中心に市民権を得始めた自主的音楽のフォークやロックの息吹の洗礼を受け、

中学時代にその影響下でバンド活動を始め、やがて英米ロックに目覚めた者として嬉しくもありつつ、

ファン層増大に連れ商業的成功と共に自主性の手作り感が薄れ始めた潮流には反発を覚えたものです。

マスコミがカテゴライズしたその新しい音楽群は都会的なお洒落感に富み、筆者個人の生活には程遠く、

オキナワ発のロック・バンドらが在京音楽界の数々の妨害を受け衰退していった経緯もみてきただけに、

その商業的手法や潮流にはマーケティングやスタジオの匂いが色濃く感じられ、身丈以上の理想像に、

社会や既成概念への反骨こそ若者の特権と考えていた当時の筆者には、既成の芸能界へのすり寄りに映り、

じくじたる想いを抱えた(根性曲がりの根暗な)様々な偏見に断罪された地方出身の貧乏な若者と化し、

その明るく お洒落な都会的センスには反発しかなく、そんな仕掛けには乗ってやらないぞとばかりに、

それらの対極の泥臭さの充満した米国の黒人ブルースやハードバップ・ジャズ等にハマったものです。


前置き、随分と長くなりました (-_-;)。


そんな訳で、下に登場の楽曲の傾向も当時の筆者には受け入れがたく、ジャケット・イラストと共に、

素直に受け取って聴く状況にはありませんでした。今振り返ると随分と偏狭で恥ずかしい限りです。

しかし時が経ち、筆者の鋭角な角も取れ、素直な気持ちでいつしか受け入れられるようになりました。

そんなこの曲、

当時の時代の空気感が凝縮されていて、再生メディアもCDやMP3等のデジタルではなく、あくまでもアナログ音源で聴きたいもの。

しかもレコードの場合はハイファイ・ステレオでなくとも全然OKで、電蓄(今では死語、卓上プレーヤー)でシングル盤の雰囲気です。

BEST 10 等の最適な代表曲集もYouTube上にありますが、そのいずれもがブロックを施されていて、残念ながらコピペ不可でした。


そんな訳で、今回はブロック無しのオフィシャルでこの代表曲を・・・


「ミュージック・ギャラリー(その434」


 大滝詠一「君は天然色」Music Video (40th Anniversary Version)



「Tシャツに口紅」


後日、動画を追加しました。
コロナ蔓延の故郷沖縄の海の色がやけに眩しいですね。早く帰郷が果たせるように・・・

「ペパーミント・ブルー」



生意気な「上から目線」を承知で敢えて記すならば、当時の筆者の好きな在京バンドに「はっぴいえんど」がいました。
彼らの存在は東京ならではの特殊性があり、恵まれた音楽情報環境や豊かな経済性に裏打ちされた音楽性がありました。
彼らの短期間活動におけるレコードやライブの演奏やアレンジには、今聞いても素晴らしい感性や技術の発見があります。
でも前述したとおり、彼らもまた時代の潮流と並行して解散。
大瀧詠一氏が都会的ポップ感に溢れる数々の楽曲でCM界に重宝され、ドラムの松本隆氏は売れっ子作詞家に転身・・・。
ご存じ「ニューミュージック」界、ひいては我が国音楽界の頂点へと登りつめていきました。


後年、油の乗り切った映画界の重鎮が朗々と歌い上げた名曲です。
大瀧ワールドとのコラボには二重(意外性と完成度)の驚きでした。
動画後半には、大瀧詠一氏本人歌唱のバージョンも入っています。

「熱き心に」作詞:阿久 悠、作曲:大瀧詠一、歌唱:小林 旭

さらばシベリア鉄道 、恋するカレン、 幸せな結末
カナリア諸島にて 、雨のウエンズデイ 、夢で逢えたら 、 等々・・・

同世代シンガーの竹内まりや等と共通する米国50年代風ポップ感が秀逸です。
今聞いても色褪せることのない青春ソングの数々、YouTube上にてご堪能ください。
もちろん、彼の所属していた「はっぴいえんど」の名曲群も併せてご堪能ください。
60年代米国風のアーシーな秀逸エレクトリック&アコギ・サウンドが充満しています。
また、その独特な日本語による歌詞の世界も素晴らしく、日本語ロックの金字塔です。
鈴木茂、細野晴臣のミュージシャンシップもまた格別で、我が国を代表する音楽家です。

* * *


「筆者後記」


可愛らしいツバメ君たちが我が町にも還ってきました。

俊敏に滑空するその可憐な姿を見ているとつい嬉しくなり、運転に支障をきたすことになりそうです。

その小さな身体で何千キロもの大海原を渡り、我が町で巣作りに精を出す姿には大きな感動を覚えます。

復活を果たした当ブログ、長いブランクとコロナ禍の不要不急の自粛がたたり、訪問者も二ケタに満たず、

今ではしっかり忘れ去られた存在となってしまったようです (-_-;)。

その以前から、授業風景も結果としての作品も投稿不可だったので右肩下がりの傾向は仕方ありません。

YouTube上の音楽をお借りして、何とかかろうじてのページ作りをして、お茶濁しをしている訳ですから、

贅沢は言えるわけもありません。


訪問して下さった方々には、心より感謝したします _(._.)_。

またの投稿も頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。


By T講師(講師の肩書はもう不要?)


2021年5月16日日曜日

コロナ禍 沖縄、祖国復帰49周年

「 コロナ禍の沖縄、祝・祖国復帰49周年」


1972年5月、筆者の生まれ育った故郷が、めでたくも日本本土への祖国復帰を果たしました。

1945年4月の米軍(連合軍)上陸以来の長き軍政下の故郷に、国家の帰属が明確になりました。

以下に筆者高校時代の遠き昔のエピソードを少々。

パスポートを申請し、筆者は修学旅行に参加しました。発行者は" Ryukyu Government "とありました。

旅の最初に土を踏んだ鹿児島港ではそのパスポートに「日本国への入国を証する」とのスタンプが押され、

その長い修学旅行の20日後、帰路では逆に「日本国からの出国を証する」とのスタンプが押されたものです。

「俺は何処に育ち、何処に帰るのだろう?」高校生にして早くもアイデンティティーの損失を自覚しました。

その翌々年の5月、我が故郷が念願の祖国復帰を果たし、晴れて日本国籍となり査証無しの往来も可能となり、

米国式の右側通行が逆となり、貨幣もドルから円へと切り替わり、47番目の「県」へと生まれ変わりました。


あれから49年・・・。


以前にも当ブログ内「T講師コーナー」でも記しましたが、日本国憲法下での発展を遂げ、今日に至りました。

依然、故郷には広大な米軍基地が存在し、そこを起因に発生する様々な問題も決して消え去ってはいませんが、

その間、観光立県として確固たる地位を築き、驚異的数字のリピーターらの複数回来沖もあり、人気絶頂でした。

それは国内のみならず、近隣アジア諸国からの訪問も増え続け、一昨年迄のような活況を呈することが出来ました。

但し、それは一昨年・2019年までのこと・・・。

そんな故郷もまた国難とも言える「新型コロナ感染禍」の渦中にあり、観光立県を支える屋台骨も傾きつつあります。



そんな故郷沖縄の今年2021年、県内に目を向けると・・・、そこには不幸な状況に陥った人々が暮らしています。

何も基地があるからと言う訳ではなく、背負わされているとの積年の「刷りこみ」により、被害者意識が埋め込まれ、

本土復帰後、半世紀ほども経つにもかかわらず、未だ米軍基地の重圧で自らを不幸だと感じてしまっているのです。

地元の二大紙は相も変わらずの「反日・反米、親中・媚中」路線を堅持・拡散し、県民への世論操作を行っています。

大陸との関係も前知事時代譲りでその密度を年々増し、地方省との交流などを装って互いの行き来が増大してきました。

かくて二大左翼プロパガンダ紙に純粋培養された県民は、いつしか非論理的・近視眼的衆愚の民と化してしまいました。

この地元二大紙は、前知事時代より県政と表裏一体の蜜月を築き上げ、県政の多数の不祥事には目をつぶってきました。

この二大紙を世論操作の応援団とし、県知事・県政はわが物顔で大手を振って「オール沖縄」などと詐称するのです。

2021年の今日の沖縄・・・。

「高齢者層の多い故郷」の医療・病床はひっ迫の度合いを急激に増し、本日より「緊急事態宣言」の指定を受けました。

それ以前の「蔓延防止重点措置」の際にすら経済団体の反対を忖度し、酒類提供の自粛を要請しなかったとのことです。

これでは医療がひっ迫するのは当然で、酒類を供する場での感染リスク等、今更エビデンス云々を言わずとも明白です。

普段は目に余る反政府的施策に終始し、困った時だけ中央政府に泣きつく姿勢は、県外の筆者からは見苦しく映ります。

「是々非々」とでも開き直っているのか、困った時だけ政府に泣きついて、普段は反日反米の罵詈雑言の洪水を重ね、

国連にまで押しかけ、「差別」「人権無視」「非民主主義」だののたまわっている姿は、被害妄想の最たる極致です。

これではツートラック方式とか言って「反日」と「用日」を使い分けて恥じない近隣の集団ヒステリー国家と同類です。


「オール沖縄と称する政治団体・行政」及びその「支持者の県民の皆様」には非難されるとは想像しますが、

戦場の残り香の漂う米軍施政下の、そして進行形のベトナム戦争に島ぐるみで組み込まれていたオキナワ、

基本的人権の適用も受けられなかったオキナワに生まれ育ち、米軍人による数々の犯罪・事件も見聞きし、

パスポート片手に本土に渡り、そこで暮らすこと49年目を迎えた県外者の筆者が想いを馳せる今日の沖縄、

ダブル・スタンダードであったかもしれない「民主主義」と「人権」は、一体どこの誰からいただいたのか、

それは自らの手で勝ち得たのではなく、曲がりなりにも米国と祖国日本から与えられた「宝物」ではないのかと、

筆者は全ての県民に問いつつ、筆者自身はそう確信している今年・本土復帰49年目の「祖国復帰記念」の日です。


そして最後に、語弊・反発があるのを承知で敢えて記しますが・・・(但し確信犯です)。


今回のコロナ禍で、かの大陸に大きな依存をすれば危険だと言うことが多くの県民に知れ渡ったことだと思います。

今では遅すぎるかもしれませんが、「チャイ○マネーやハニー」に魂を売って虫食いだらけになった島々の隅々に、

今一度、たおやかな風が万人に吹き渡り、ニライカナイの彼方からやってきた「宝物」の重みと輝きに想いを馳せ、

過去から未来へと繫ぐ夕凪はその「宝物」を大切にして生きていくことこそ、唯一無二の道だと気づくことです。

目先のその真逆の「汚れた誘惑」に惑わされることなく、祖先たちから引き継いだ「伝統の情け」を繫ぎましょう。

今ならまだ間に合うのかもしれません。

そう強く願う49年目の5月です・・・。

めでたき5月15日。


T講師こと 当真 英樹


* * *


「ミュージック・ギャラリー(その433)」


今回のブログの内容に鑑み、典型的なステレオタイプ的 選曲を敢えて・・・。


『芭蕉布 ( Bashoufu )』 ☆ 夏川りみ "Rimi Natsukawa"


美しい旋律・歌詞・歌唱・伴奏・・・、こちらもまた宝です。


* * *


「筆者 後記」


高校時代の故郷の友人(恩人)から大量の果物が届きました。

5本のピーチ・パイナップルに20個余のパッション・フルーツ等々・・・・。

それに後日便で大量のオキナワならではのブルーシール・アイスクリームが・・・。

ありがたき贈り物に感謝です。


(例によって編集途中ながら)By T講師


2021年5月8日土曜日

ゴリ押し五輪,まだやるつもり !?

「(この期に及んで)ゴリ押し五輪、まだやるつもりっ?! 」


久々のブログ投稿、良い話しをアップしたかったのですが、このような愚痴になってしまいました。

(-_-;)

<(_ _)>

御勘弁


「筆者 冒頭の近況寸感」


高感染力・高重症化率の変異株の蔓延急拡大にも関わらず、

IOCやJOCをはじめ、我が国の上級国民たちが、まだオリンピックを開催するつもりでいるようです。

菅首相曰く。

「国民の命と健康を全力で守っていくのが私の使命だ」とおっしゃっていましたが、その言葉の重みが希薄です。

これだけ医療現場がひっ迫し、その現場にも診てもらえず、臨時の待機所や自宅で亡くなる人々が増加しています。

遅れ続きのファイザー社製ワクチンに続き、同じく米国モデルナ社製のワクチン第1便も関空に到着したとの事です。

にもかかわらず、かの厚労省の認可は未だ一向に下りず、どこかしらの冷凍庫で使用されぬまま眠っているのです。

多くの一般国民が死の淵に追いやられ、ワクチン接種を一刻も早く切望していると言う危機的状況にもかかわらず。


「下衆の勘繰り」や「邪推」と非難されてしまいそうですが・・・、更に続けます。

筆者は若き頃、医学雑誌の取材カメラマンとして記者に同行。多くの医療関係者の方々の善行と情熱を見聞しました。

でもその中で、極悪非道の技々を自らの生業とし、私服を肥やす極道連中がおり、それが厚労省とそのOBらでした。

彼らに「国民の命と健康」に注力する気は更々無く、ただただ天下った製薬会社や関連法人のみに忠臣するのです。

このような醜聞は何も厚労省だけに限られた事ではなく、霞が関全てに巣食う魑魅魍魎らのほんの氷山の一角です。

素人筆者と妻子持ちベテラン記者は伝聞した醜聞を洗うが如く、消し去るが如く、不味いヤケ酒に浸ったものです。


おっと昔話に脱線しました。

「4名以上の会食は控えるように」との厚労省のお達しでしたが、彼らは先般も23名だかで営業時間を越してまで会食をし、

更にその報道直後にも関わらず、今度は「国立衛生研究所」の職員の30名以上での会食が発覚。厚労省の処分は無しでした。

曰く「専門家集団なので感染は有り得ない」との大した自信で、その鼻持ちならない尊大さに国民が納得するはずもありません。

期待されていた「アビガン」「イベルメクチン」の認可もせず、欧州等で効果発揮中の国産検査キットも国内では使用不可です。

「国民の命と健康」より、天下り先の既得権益や利権をのみ優先する厚労省役人らの人間性を厳しく問わなければなりません。

PCR検査もついぞ拡充されず、ワクチン関連の法制改革も一向に一考だにされず、「国民の健康と命」はもはや風前の灯です。


事の時系列は前後しますが、JOCや政治家や官僚ら当事者らの迷走は今も更に進行形で続いています。曰く、

オリンピック開催のために「看護師を500名動員せよ」「医者を200名動員せよ」とか、非常識が炸裂中です。

ワクチンの打ち手である医者や看護師も全然足りずに、しかも既に心身共に満身創痍状態だと言うのにも拘らず。

「五輪選手・関係者の入国には例外的に厳しい制限を課さない」とか、もうゴリ押しや無茶苦茶采配の連発です。


自衛隊まで動員して、ワクチン大量接種を開始するとのことですが、その第1号の会場が何と「大手町」とのこと。

筆者は何も自衛隊の登場を非難しているわけではなく、国家国民の危機ですから朗報だとは思いますが、しかし、

未使用の合同庁舎があるからとの理由ですが、近隣には国会や中央官庁集中の永田町や霞が関や大企業の本社群。

結局のところ、医療従事者の次は何百万人もの高齢者ではなく、この身内の上級国民らを優先するとの読み推測です。


感染爆発を食い止めるべき水際作戦も取らず、実効的措置も緩い緊急事態宣言下で、変異株の市中感染が急増中です。

そのひっ迫する危機的コロナ感染禍の中の本日、IOCのバッハ会長の来日延期が関係者により発表・報道されました。

危機的状況であればこそなお来日して、正確な状況を把握すべきです。「ゴリ押し開催ありき」では納得できません。

結局のところ、大勢の「国民の命や健康」よりも、巨大な金が動いてきた経済や既得利権が優先されているのです。

「政治不信」が言われて久しいですが、この国の影の真の支配者である高級官僚にも不信の矛先を向けるべきです。

政治家への賄賂や各省庁監督下の民間企業による接待費など微々たるもので、官僚OBらの膨大な天下りこそ極悪です。

飲食代の額より、「お代官」と「越後屋」との内密な取引でその何万倍もの国民不在・不利益が発生している事実です。

一旦喰い付いた利権を絶対に手放さないのが我が国の高級官僚及びそのOBらの不文律で、国民不在が当然なのです。

高級官僚らの上前ピンハネは膨れ上がり、かくて赤字国債は天文学的数字に膨れ上がり、国民の生活を圧迫するのです。

またまた脱線気味ではありますが、記さずにはいられません。ご容赦_(._.)_。

加えて、

競泳の池江璃花子選手の奇跡的復活の美談にも感動しますが、一方的に偏向する我が国の報道機関もまた然りです。

大マスメディアは従来より世論・思考の公正中立な「両論併記」どころか、偏向的世論操作さえ押し付けています。

この大厄災のコロナ感染禍の下、我々市井・下々の「国民の命と健康」が軽んじられる社会であってはなりません。

「国民の命と健康」は何も医療のみならず、補償もないままの「業種規制」が大量の失業と倒産を生み出しています。

筆者が痛感するそのための最善・最良・唯一の方法は、一刻も早い「2020東京オリンピック」の中止決断です。

2020年は去年でもう終わったのです。「覆水が盆に返る」訳も無く、コロナの死者たちもまた帰っては来ません。

100年前に世界的に大流行して猛威を振るったあの「スペイン風邪」の際の我が国の感染者数が約2300万人で、

亡くなられた方が何と38万人にも及んだとの事で、その収束には4年と言う長い歳月がかかったとの記録です。

一概には比較できないとは言うものの、それ位の甚大な人的被害はある程度 予想して越したことはありません。

世界的にもワクチン接種率の低い我が国で五輪を開催するのは、裸でウィルス・シャワーを浴びるようなもの。

そんな身投げ行為のような状況で開催された場合、多大なる国民の命が脅かされ犠牲となるのは愚の骨頂です。


中止したそのお金と全エネルギーを最大限に使って、「コロナ感染禍」の鎮静化・終息に振り向け注力すべきです。

(私事ですが、筆者もまためでたく高齢者の仲間入りを果たした端くれ、感染禍終息まで生き残れる気がしません。)

(-_-;)


筆者の若い頃、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とのパロディーがありました。

我々日本人特有の性質を鋭くついて絶妙でしたが、今回はそうしてはいけない国難です。

「赤信号、みんなで止まって、引き返そう!」

です。


* * *


耳直し・お口直しの

「ミュージック・ギャラリー(その432)」


上記のような話題 繋がりから、この20世紀の名曲が筆者の脳裏に浮かんできました。

但し、YouTube上にオリジナル音源が無く、ディラン名義のタイトルの全てが何と他人の歌唱によるカヴァーでした。

相も変わらず、ビートルズの楽曲同様にオリジナル音源の保護・権利には厳しく、詐称名義は野放し状態のようです。

そこでその代わりと言っては何ですが、筆者の以前からのお気に入りの爽やかカヴァー版をお届けします。

重い内容の詞の世界とは対照的な若々しく輝く世界が、薫風香る今の季節にはピッタリではないでしょうか。


「風に吹かれて(ボブ・ディランのカヴァー)」2014年/ メキシコの兄妹3人組


メキシコのシンガーで、兄妹3人のユニット。2011年から様々なジャンルのカバー曲で活躍しているとの事。 長男 アベアルド (1995年12月23日生まれ)ギター、キーボード、ドラムなど 次男 グスタボ (1998年5月15日生まれ)ピアノ、ギター、パーカッションなど 長女 アンジ― (2001年1月17日生まれ)リードボーカル、ピアノ、ウクレレなど デビュー当初は、16歳、13歳、10歳と言う事だそうです。


(YouTubeのコメント欄よりの抜粋)


彼らの住むメキシコもまた重大なコロナ感染禍に喘いでいます。

彼らの近況は不明ですが、元気に活躍していることをお祈りします。


* * *


「後記」


本当は当ブログで記したいこと 数多くありましたが、最も適切な時期を逸してしまい、今回となってしまいました。

今年3月に催した学童クラブでの「卒業コンサート」など、画像や動画がアップ出来ればいち早くそうしていました。


今回は、これまでの多くの「保留の山(未遂のお蔵入り)」の仲間入りをせずに済みました。

取りあえず、今の筆者ブログに必要なのは新しい投稿です。

その前は昨年の9月29日以来ですから、実に8ヶ月ぶりのことです!

不本意ながらも、筆者の偽わざる現在の心境を敢えて記してみました。

出来ることなら、ハッピーで明るいページにしたかったのですが・・・。

筆者の口あんぐり・アングリー・パワーが、契機となってしまいました。

折角チョー久々の発見・ご来訪の皆様、どうぞご容赦ください。

今後も、画像なしのお茶濁し再開を企てていくつもりでいます。

が、果たして・・・・。


By:「有言不実行の極み達人」のT講師でした。

(#^.^#)

2020年9月28日月曜日

気がつけば時移りて金木犀も

 月曜日(一体いつの?)、久々の快晴


すさまじき投稿遅れに、ただただ恥じ入るのみ・・・。

(;^ω^)


ここ最近、当ブログ投稿をサボりにサボっていましたところ・・・

故郷(くに)の古い友人から久々の連絡が入りました。彼は時々このコーナーにやってくる貴重な存在の1人。

「(余りにも投稿なしが続いたので)コロナで死んだかと思った。」と、悪い(でもリアルな)冗談を飛ばしました。

当・無料ブログのフォーマットが新しくなったついでに、過去のデータが消えてしまって意気消沈していた旨を告げ、

「これではいかん・・・」と自らを奮い立たせ、取りあえず今回の緊急(生きてるぜ)バージョンをお届けする次第です。



投稿チョー遅延のその間、身近な者が亡くなったり、あのエディ―・ヴァン・ヘイレンもまた亡くなったりで、

途中まで記した編集中の出来損ないが2~3あり、それは横に置いておいて次回以降に廻すことにしました。


「ミュージック・ギャラリー(その431)」

「気がつけば季節移りて、金木犀の香りも漂い(散り)」


季節が移り、秋もまた深まり始め、我が家の庭のキンモクセイも黄色い花を連ね、香しい香りを発散させました。

そんな季節、筆者の脳裏には遠き昔日に聴いた甘いコーラスのアンサンブルが静かにゆるやかに鳴り始めました。

暑すぎる日々続きに、今度は寒すぎる日々の今年の秋。ならば大好きなインスト音楽で秋らしい風情を堪能します。


パーシー・フェイス 楽団、「イエロー・デイズ」
YELLOW DAYS - Percy Faith Orchestra with Chorus


Lyrics

I do remember when the sunlight had a special kind of brightness
And laughter held a lover's kind of lightness, Yellow days, Golden days.

She would hold me and the smile would spread around us so completely
And the softness of a kiss would linger sweetly, Yellow days, Golden days.

But then came thunder and I heard her say "goodbye"
Through tears of wonder, Now I'm alone and my heart wants to know
Yellow days, where'd you go?

Life is empty and the sunlight seems so harsh instead of tender
And the laughter's just an echo I'll remember from Yellow days, Golden days.
Yellow days, Golden days.


カバー、続けます。美しいコーラス・アンサンブルの後にはピアノの調べで秋の風情を堪能しましょう。

キンモクセイの香りに加え、コーヒーや紅茶の香りもまた馥郁と香り出す季節でもあり、賞味しましょう。


エディ―・ヒギンズ(ピアノ・インスト)、「イエロー・デイズ」

Yellow Days - Eddie Higgins Solo Piano



幼き頃に初めて入門した音楽が往年の米国音楽でした。

しかも、それがオーケストラやメロディーが最も美しかった50~60年代初頭の頃・・・。

しかも、それらが流れ出て来る音源が真空管ラジオやデカいスピーカーのステレオ・・・。

甘く柔らかい旋律が満天星々の夜空に溶け込み、空と海に流れるサーチライトの光・・・。

夜香木や庭の花々から漂う胸を締め付ける様な匂い・香り。白熱電球の温かな橙色世界・・・。

おぼろげな影を映す蚊帳には、微かに沁み込んだ蚊取り線香の匂い・・・。

歳取ったせいか、断片的ながらも半世紀以上も前の記憶が鮮やかに蘇ってくる秋の日の今日この頃・・・。

そう言えば、キンモクセイの香りや黄色い花や、イチョウの黄色い葉の色もなかった濃カーキ色の世界でした。

美しく穏やかな「秋」も「四季」もあり、それらを堪能できる日々の暮らしに感謝です。


「故郷(くに)の友よ。俺はまだ死んじゃいないぞ。」

「お互いコロナ禍を生き延びて、故郷で会おうな!」


By T講師

( 故郷の高い感染者数を危惧する秋の日々です。)

(;^ω^)

_(._.)_


2020年9月21日月曜日

気がつけば年寄り、敬老の日😊

 月曜日・曇り

「敬老の日」


未完ながら、またまた恒例の尻切れ・未編集アップです。

<(_ _)>


相変わらずの投稿・大幅遅延・・・

加えて未編集状態にてのアップ・・・

何をか言わんや・・・

(;^ω^)



「敬老の日」・・・、いつも年配の方々の日だと認識しつつ、

そのスタンスで当ブログも進め、日々を歳月を重ねてきました。

でも、はたと気がつけば、いつしか筆者自身がその仲間入りを果たし。

この認識と現実とのズレに気づいた今年のこの祝日、いかに進めようものか?

何せ初めての自覚であり、今回はパス&スル―させていただくつもりです。

「めでたくもあり、また焦燥もありで・・・。」

(;^ω^)


* * *


「ミュージック・ギャラリー(その430)」

「輝くビートルズ・カバー・メドレー(20曲!)」


諺の「三つ子の魂百まで」ではありませんが、高齢者となった今でも大好きなビートルズ、

小学時代にモンキー・ダンスで覚え、中学時代にレコードで聴き、高校時代にバンドで演り、

大人になってその凄さに改めて驚き、ジャズやブルースを経た後でさえ、それは変わらず輝き、

老年となった今でさえ驚きや輝きは失われることなく、逆に更に彼らの魅力や深さを感じ取り、

今日の漲る活力となって日々の時空を彩り飾ってくれています。

今は同世代の仲間らとのバンド演奏からも既に遠のき、学童クラブの小学生らにバンドで教え、

少なからず、彼らの音楽のそれなりの中継者となっている現在の自分に多少は満足もしています。


こんな風に、彼らの音楽を楽しめたら人生は更に魅力的で素晴らしいものに。

コロナ感染禍の今、こんなにも日常が輝いていたことに改めて驚いています。


ワーク・オフ・ジ・アース、「ビートルズの歴史(物語)」メドレー

A History of The Beatles 1962-1970 - Walk Off The Earth ( Canada )


まず原曲群が素晴らしいのは当然ですが、彼らの音楽を楽しむその姿勢が羨ましいほど輝いています。
6名全員が芸(腕)達者ですが、最後の「ヘイ・ジュード」でのベースマンのラインが特に秀逸です。
理屈抜きのご機嫌な少人数セッションの典型と言っても過言ではない傑作動画です。
正に文字通りの「音楽」そのものです。

* * *


「お知らせ」

筆者後記の「敬老の日に寄せて」は未完につき、当ブログからは削除。「T講師コーナー」へと移動させました。


およそ2年にも渡る塩漬け状態の「T講師コーナー」が、今回の逃亡で久々再開です。

文章記述が完了次第、お知らせします。その際は、よろしければお立ち寄りください。


<(_ _)>


By T講師


2020年9月14日月曜日

気がつけば秋空、赤トンボ

月曜日(一体いつの?)・晴れ(夜 雨)

恥ずかしながら大幅な投稿時差あり。にもかかわらず・・・、

(いつものように、未完ながらとりあえずアップ。ご容赦。)

<(_ _)>

今夏の炎暑もどうにか少しずつ和らぎ、 中空には赤トンボたちの浮遊姿も増え出しました。

あんなに威勢を張っていた入道様も日々その姿を消しつつあり、代わりの柔らかな巻雲が静かにたゆたい始めました。



当ブログにて利用させていただいているグーグル・ソフトのフォーマットが新しくなり、今までのデータが胡散霧消してしまいました。

で、ガックリ😢

(他人のせいにするわけではありませんが・・・)ブロッグ・アップ熱もすっかり遠のいてしまっていました。

(;´д`)トホホ


でもここは気を取り直して、変わりゆく季節に相応しい音楽を久々にYouTubeよりお借りしてきました。

すっかり秋めいた薄曇りの光の中で、静かに(かつ元気に)飛び回る赤トンボたちのような新鮮音楽を。


* * *


「ミュージック・ギャラリー(その429)」

気がつけば秋空、赤トンボ


筆者の大好きな「カバー」にして「インストルメンタル」を奏でる「ストリート・ミュージシャン」。

そしてそれが才能と感性豊かな少女(現在・若干12歳!)。

赤トンボたちの健気な浮遊姿を想像しながら、そのナチュラル・質朴な詩情をお楽しみ下さい。


当初は、この下の動画らの中から2~3曲に絞ってアップしようと考えていたのですが、どの楽曲・演奏も捨て難く、

結局、数ある路上パフォーマンスの中から6曲だけ(!)を選び出してお借りしてきました。

「飽きちゃう」とか云わずに、好きな曲だけを選んででも聴いて(見て)楽しんで下さい。


カロリナ・プロチェンコ(バイオリン)によるストリート・パフォーマンス、カバー曲特集

「レット・イット・ビー」/ザ・ビートルズ

Let It Be - Beatles - Karolina Protsenko - Violin and Piano Cover


「ハレルヤ」/ レナード・コーエン

Hallelujah - People were AMAZED - Karolina Protsenko - Violin and Piano


*


「この素晴らしき世界」/ルイ・アームストロング

What A Wonderful World - Louis Armstrong - Karolina Protsenko - Violin Cover



「虹の彼方に」/ 元唄:ジュディー・ガーランド

Even the dog was AMAZED - Somewhere over the rainbow - Street performance




「美女と野獣」/ ディズニー映画テーマソング

Amazing Piano and Violin Cover - Mom and daughter - Beauty and the Beast



今回の最後の演奏は、
2020年の3月に投稿された動画です。と言うことは、アメリカでも「コロナ感染禍」が流行し出した頃です。
演奏やその撮影がいつ行われたかは定かではありませんが、観衆の服装からすると冬には違いありません。
今現在、世界で最も患者数・死者数の多いアメリカの人々の状況が危惧されます。

「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」/ セリーヌ・ディオン、映画「タイタニック」テーマソング

My Heart Will Go On - Celine Dion - Violin Cover by Karolina Protsenko



もはや「言葉」は要らないでしょう。

これらの動画で聴くことの出来る彼女の演奏、何だか心が洗われます。


ネットで軽く検索してみたところ、とんでもない子だと言うことが判明。

才女カロリナちゃん、6歳の時にウクライナからアメリカに移住。その後にバイオリンを弾き始めたとの事です。

YouTubeのチャンネル登録者も僅か2年間で430万人以上!それぞれの動画再生回数も半端な数字ではありません。

世界的危機の「新型コロナ感染禍」を乗り越えて、大きく羽ばたいてほしいものです。


* * *


つい先だってTV(NHKだったか?)の放送で、「赤トンボ」は何と上空4000メートル(!)まで上昇出来るとの事です。

あの小さな身体で・・・!


そう言えば、やっぱり可愛らしいツバメ君たちもまた、あの小さな体で太平洋の大海原を渡っていくのです。

元気に周囲を飛び回っていたツバメ君たち、つい先だってみんなで集合し、南の彼方へと去ってゆきました。

あの俊敏で可愛らしい姿が消え去ってしまった淋しい里や野にも、曼珠沙華らの赤い姿が現われ始めました。


あの暑すぎた「夏」を惜しみつつ、可愛い「ツバメ君たち」を見送りつつ、深まりゆく「秋」を迎える今日この頃。

「コロナ感染禍」も早々と立ち去ってもらいたいと願っています。


By T講師


2020年9月7日月曜日

残暑の日々に再びの残照ロック

月曜日・晴れ・日中は炎暑

「ミュージック・ギャラリー(428)」
「残暑の日々には再びの残照ロックを」


もう既に暦の上では秋九月とは言え、
相変わらずの炎暑が日々を彩っており、筆者の大好きな入道雲たちも未だ元気に輝き林立しています。
そんな青空下の白銀雲たちを見ていると、筆者どうしても若かりし頃の記憶にワープしてしまいます。
そこで、
前回の「残暑の夕べは妖艶ロックを聴け」特集に続いての第2弾としました。
筆者の個人的な自己満足で終始しますが、よろしければお付き合いください。

60年代後半~70年代中盤にかけて欧米を中心に大活躍したロック・バンドらの懐かしの楽曲群の登場です。
筆者もバンドにその情熱を傾け燃えに燃えていた時代で、楽曲イコール・バンドの図式が今も続行中です。


まずは今回のオープニング曲、やはり前回のオープニングを飾ったカナディアン・ロック・バンドからです。
前回の曲同様、高校時代にバンドでコピーに励み、折々のダンス・パーティーやコンサートで好評を得ました。

ゲス・フー、「ノー・タイム」

Guess Who ," No Time " (1970) with Lyrics



2曲目も彼らを続けます。
前回はリード・ギター・サウンドを中心に組んだので漏れてしまいましたが、今回は堂々の登場です。
胸のすくような軽快なテンポの基に歌われるソウルフルなフィーリングと間奏のフルートが快感です。
( スリリングな絶品フルートの演奏は,リード・ヴォーカルのバートン・カミングスによるものです。)

ゲス・フー、「アンダン」

Undun - The Guess Who - 1969 (w/lyrics)


この曲は後の70年代中盤以降のAOR的な雰囲気で、ロック一色の筆者らのレパートリーには加えられませんでした。
が、前回記したように故郷の海沿いのドライブのBGMには欠かせないものでした。


ラテン・ロックを世界的に知らしめたサンタナ、前回は2枚目のアルバムからでしたが、今回はデビュー盤からです。
今も語り継がれる伝説的な野外フェスに登場した彼らに触発されて、筆者らもラテン・パーカッションを勇んで導入。
基本が4名のギターバンドに他に更に3名を加えユニット化、コンサート等ではサンタナ・ナンバーに対応しました。
この曲もまた彼らのアルバム同様に、そのままメドレーで続けて次のパーカッション溢れる曲までコピーしたものです。
サンタナの妖艶なギター・プレイもさることながら、オルガン奏者グレッグ・ローリーの歌声もまた色気充分な存在です。

サンタナ、「シェイズ・オブ・タイム」

Santana, " Shades Of Time " (1969)


ボンゴにコンガ、カウベルにギロ、そしてティンバレスと、筆者らのバンドにラテン・パーカッションは増え続けました。
但し、レスリー・スピーカーを伴ったハモンド・オルガンだけは高価過ぎて入手できず。代用の国産品で補ったものです。
その当時でも超高価な楽器で、日本国内にも数台を数える程で、人気プロ・バンドの「紫」が2台も所有していました。

「後日追記:脱線よもやま話」

後年、上京後のTVで聞いた話ですが、ジャズ・オルガン奏者のジミー・スミスの初来日時にハモンドが国内には無く、
当時に唯一所有していたのが俳優の故・高島忠夫さんで、彼の来日コンサート時にずっと貸し出したそうです。
その当時、ハモンドはとても高価な庶民の手には届かないシロモノで、1台で家1軒分の価格だったそう!!。



前回特集にこそ登場しませんでしたが、筆者のバンド繋がりでは絶対に避けては通れないギター・バンドです。
トリオと言う最小限の楽器編成でワイルドな演奏とアクションを展開した米国ならではのマッチョ・バンドです。
このへヴィーなミディアム・シャッフルが堪らなく快感で、筆者ら大のお気に入りで最も得意なナンバーでした。
筆者らのバンドは4人編成(2ギター)で、彼らのスタジオ録音ダビング・パートをしっかり再現していました。

グランドファンク・レイルロード、「ミスター・リムジン・ドライバー」

Grand Funk Railroad / Mr. Limousine Driver


半世紀ほど経った今でさえ、血が騒ぎ胸躍ってしまいます。
!(^^)!


彼らもまた2曲続けます。
こちらは2枚目のアルバムからで、ワイルドさを少々抜き、リリカルなアレンジを加えて妙味です。
この曲もまた筆者らの得意ナンバーの一つで、周囲のファン(!?)たちからの支持も多かったものです。
彼らの楽曲、筆者らのバンドでもその多くをレパートリーにし、自分たちで演っていても快感でした。
後半のシンセサイザー・パートのオブリはエレキのボリューム奏法で何とか再現に漕ぎ着けました。
実際は、故郷の先輩プロ・バンドのキャナビスは糸数ガンジーさんの奏法を見て、倣ったものです。
筆者らも大好きだった雄大な海を感じることの出来るビッグでワイドなスケール感ある傑作曲です。

グランドファンク・レイルロード、「クローサー・トゥ・ホーム」

Grand Funk Railroad - I'm Your Captain/Closer To Home



原曲はノーベル文学賞まで授与されてしまった反骨のシンガー・ソングライターのボブ・ディランの作品です。
他にジ三・ヘンドリックスによるカバーも名演で、筆者らのバンドでは両者編曲を共にコピーしていました。
甲乙つけ難いロックの歴史に残る名演奏です。

デイブ・メイソン、「邦題:見張塔よりずっと」

 Dave Mason , "All Along the Watchtower -" (1974) w/ lyrics





もしかしてこのコーナー、初登場かもしれません。
ボストンがデビューした70年代中頃、筆者は本土暮らしにも慣れ、代わりにロック・バンド・ライフを捨てた頃です。
時折に帰る故郷の先輩バンドらはそれなりに健在。元気にロックを演奏し、相変わらず米兵達の人気を得ていました。
故郷の多くのバンドが彼らの楽曲をレパートリー化、野外フェスや歓楽街でそのツイン・リードを響かせていました。
このツイン・リード・サウンド、故郷の海辺の野外コンサートの夜に聴くと、南の星空に溶け込んで極上快感でした。

ボストン、「モア・ザン・フィーリング」

BOSTON - MORE THAN A FEELING - Subtitulos Español & Inglés




最後に、前回特集でも紹介のイギリス出身のホワイト・ブルース・バンドの中期の傑作アルバムの中からもう1曲。
一流ミュージシャンならではの貫禄と迫力が快感で堪りません。特にピーター・ヘイコックのギターが秀逸です。

クライマックス・ブルース・バンド、「トゥゲザー・アンド・フリー」

Climax Blues Band - Together And Free | Lyrics - Sub ( Español - Inglés)



シンセ等の電子楽器が主流を占めるような昨今の音楽界、上に登場するようなライブ感あるバンドらも稀有な存在です。
スタジオ録音とは言え、ライブな演奏が基本の音作りには音楽家の生で裸の魂が色濃く刻まれているような気がします。
上のボストンのアルバムなど、そのジャケットに「ノー・シンセサイザー・ユーズ」とわざわざコメントしていました。

この異常な夏の暑さにも、様々な電気製品がその対応をしてくれていて、快適な日々を送ることが出来ています。が、
青空・陽光の下、汗を拭き拭きしつつ聴く熱~い「ロック音楽」もまたマゾヒスティックな納涼の一種かもしれません。
「エアコン」や「冷やし中華」や「冷そうめん」らも確かに涼しい夏の賢い過ごし方には違いありませんが・・・、
人生の夏をとっくに過ごしてきた筆者にとっては、暑い(熱い)夏こそ、生きていることの証しにも感じてしまい、
今更ながらに今年のこの猛暑・炎暑の夏に、過ぎ去った若かりし頃に体験した動物的生々しさを再確認しました。

「エバーグリーン」なぞ幻想かもしれません。
しかしながら「ロック音楽」を聴く時、それは妄想となって筆者の心身を確実に襲ってくれています。老体となった今もなお・・・。
「残照ロック、バンザイ!!!」

By (熱い夏が嬉しい)T講師

(#^.^#)

* * *

「後日追記:故郷・南島のロック・バンド思い出話」

筆者の高校時代のロック・バンド、勉強もろくにせず熱中していたもので、レパートリーも数多くにのぼりました。
そのレパートリーは勉強とは反比例してどんどん増えて(中学時代からも含め)優に4~50曲は下りませんでした。
クリーム、ツェッぺリン、フリー、テンイヤーズ・アフターらや、ビートルズ、ストーンズ等のブリティッシュ勢、
グランド・ファンク、C.C.R、アイアン・バタフライ、J・エアプレイン、サンタナ等のアメリカ勢らのコピーに励み、
多数あったセミ・プロ・バンドらとの共催コンサートや各大学のダンス・パーティーや学園祭等にも出演しました。

そんな時、観客の中には米兵や軍属家族の高校生らもおり、半端な英語歌詞ではブーイングも貰ったりもしました。
おかげでボーカル担当のK君など歌詞憶えに必死で、ノートにはヒヤリングで聞き取ったカタカナがビッシリでした。
リード・ギターのI君も難曲のコピーに日々必死で、彼にレコードを貸すと盤表面が傷だらけで戻ってきたものです。
練習時にも全力プレーが当然で、硬いピックが数個も摩耗・又は焦げたもので、太い弦も何本も切っていました。
そんなパワフルな粘りビートを演奏の肝にしていた筆者のバンドのおかげで、上京後に経験の本土勢の演奏に失望、
幾度も足を運んだ有名プロバンドらのひ弱さビートレスに、早々に「燃え尽き症候群」に陥ってしまったものです。
東京でも何組かのバンドに参加するも、彼らの頭でっかちで硬くてひ弱な演奏スタイルには溶け込めませんでした。
貸しスタジオや機材等に恵まれ、高価なドラムやベースを使用・演奏してもビートが出せず、筆者には不思議でした。

オキナワのバンド勢数組もデビューするも、地元でのサウンドが再現できずに故郷に戻ったり解散していきました。
あれから半世紀、幾多のバンドがデビューし人気を博し今日に至るも、未だ筆者を満足させるに足るバンドに遭えず、
若き日の「耳年増」のまま、「ロック・バンド・サウンド損失」のまま、今日 立派な老年を迎えるに至りました。

時折帰る故郷の南島にて相変わらずの演奏を繰り広げる熟年のロックバンドも減っていき、亡くなる方も増えました。
筆者らや彼らの輝く演奏は、もはや筆者の記憶の中にしか存在しないものとして、ただ共に消えゆくのを待つのみです。
「歯がゆさ」の中、半面で故郷・南島のロック・バンドの面々とその演奏に出会えたことは、筆者の自慢の宝物です。
そして明日をも知れぬ運命の若き米兵らをあんなにも狂喜乱舞させた彼らを誇りにも思うコロナ感染禍の今日この頃です。
そんな彼らも感染罹患することなく、余生を幸せに全うできるよう、遠く離れた本土から祈るばかりです。大々感謝です。

* * *

「祝・学童クラブ・バンド、再始動」

今春早々・目下のコロナ感染禍で中断を余儀なくされていた学童バンドが、どうにかこうにか再始動の運びに。
前回のクリスマス・コンサートの中心的メンバーこそ、保護者らの在宅勤務等で去っていってしまいましたが、
上級生(女子のみ四名)を中心に、何とか練習を再開することができました。
(但し新編成メンバーのカラーがお嬢様・優等生タイプなので、結構パワー不足ではありますが・・・。)
発表の目途こそ未だ確定ならずとも、状況さえ許せば年末クリスマスあたりに演奏会が出来ればと希望しています。
遅くとも、卒業する前には何とかお披露目を演りたいと目論んでいます。
その際にも、国内でよくありがちなテクニック優先よりは、筆者の故郷系統の表現力パワーで攻めたいと願っています。
が、果たして・・・。

(*^^)v

2020年8月31日月曜日

残暑の夕べは妖艶ロックを聴け!



昼間の猛暑で気づきづらいですが、夜訪れや朝夕の気温は変化し、空には秋雲(巻層雲)も現われ始めました。



ブログ・アップ遅れの間に台風10号の影響・余波で風雨が強まり、「タイミング悪(わる)!」と思いつつ、
よろしければご視聴ください。
_(._.)_


「ミュージック・ギャラリー(427)」
「残(炎)暑の夕べは妖艶(アダルト)ロック(ギター)を聴け!」


1週間近くもの投稿遅延に秋も少しずつ但し確実に深まってきましたが、でも昼の間は相変わらずの炎暑です。
そんな夕べ、茜色に染まる雲々を眺めながら筆者の脳裏で蘇る遠き日の記憶が、こんな曲達を呼び出しました。

南国育ちの筆者、海はいつでもそこに在り、いつもそれに囲まれて子供時代や青春時代を謳歌していました。
那覇市内の波の上海岸は元より、中南部方面のビーチ、或いはバスの車窓やキャンプの拠点等、色々でした。

日中の海も当然快適でしたが、泳ぎ・遊び疲れて重くなった瞳と身体に、海からそよいでくる風は極上でした。
潮気が僅かに残った皮膚と頭髪にからみ、抜けてゆく潮風はまるで天然の子守歌のように筆者らを包みました。

そんな時、特に高校生になって夜世界も知った後、夕刻時の潮風は子供心を想起させ、同時に夜へも誘いました。
そんな時、やはりその頃から自動で勝手に流れ出でる脳内ジュークボックスでは、少々アダルトな音楽らが出現。
エレクトリック・ギターならではの妖艶な音色が、夕焼けの空を駆け抜けて筆者の心を激しく掻きむしりました。

「ほら、暑いながらも風が吹き渡るでしょ?」
今では記憶と想像だけとなった海岸線を車で駆け抜けながら、夕焼けに光り輝く海と空を満喫しましょう。
(#^.^#)

「追加オープニング」

今は遠き高校時代、バンドで必死になってコピーした思い出の曲です。
また加えて、ノーヘル・2ケツ・バイク(無免許筆者は当然後席)で1号線(現・国道58号線)を走った記憶も蘇ります。
並走する隣車線の若き米人男女のムスタング・オープンカーからは、この曲と「アンダン」がガンガン流れてきました。


 The Guess Who ( Canadian Band ), " Share the Land " (with lyrics) (1970)

Twin lead Guitar by Kurt Winter, Greg Leskiw



Jeff Beck, Rod Stewart -” People Get Ready” (Official Video)

Guitar play by Jeff Beck




「追加曲」

アダルトな渋さテイストで言えば、この人を抜くわけにはまいりません。


Dave Mason ," Give Me a Reason Why " (1976)

Guitar play by Dave Mason

伝説のブリティッシュ・バンドの「トラフィック」を抜けた後の多数のソロ・アルバムからの1曲です。
彼はその他にも「情念のライブ」と言う傑出名盤を出しており、筆者の大好きなギターワーク満載です。



辺りを紅色に染めていた夕焼けも水平線へと没し、いつしか青く仄暗く染まり始める「夜始まり」のひととき。
アダルトなバンド・アンサンブルが再現され、オブリや間奏の宇宙遊泳ギターと共に「夜の歓楽街」へと・・・。

 Climax Blues Band、”Mighty Fire ”

Guiter play by Peter Haycock



The Doobie Brothers ," Dark Eyed Cajun Woman "

Guitar play by Tom Johnston


Micky Jagger - Hard Woman



ZZ Top - " Rough Boy - HQ - Scroll Lyrics 

Guitar play by Billy Gibbons



妖艶なアダルト・ロックの元祖にして、セクシー・ギターの傑作 登場。
衝撃的なジャケ・イラストと共に高校生だった筆者らは痛く刺激されました。
ラテン・ロック特有のいかがわしさ・妖しさに開眼した前世紀の傑作名盤です。
1st アルバムとの出会いから、ボンゴ、コンガ等の購入資金バイトに精出したものです。
(カウベルは、ツェッぺリンやストーンズ、CCR等で既に筆者の必需アイテムでした。)

Santana - " Black Magic Woman  " (w/Lyrics)

Guitar play by Carlos Santana

当時の本土の高校生らにの多くが未経験だったそうですが、南島の筆者らには既にチークダンスが日常でした。
この曲もその代表でしたが、レコード通りのメドレーで「ジプシー・クイーン」を演られるとお手上げでした。
(;^ω^)

* * *

そんな南島の夜更けの繁華街の狭間に鳴り響くは、我らがコンディション・グリーンのインスト・ナンバー・・・。
シンキ本人が最も影響を受けたギタリストのベスト3は、上のサンタナにジ三・ヘンにジョニー・ウィンターだそうです。

Condition Green - Akiyuma (1978)

Guitar play by Shinki (Sugama)

今夜もアルコール摂取が気持ちよく進みそうです。

🍷(#^^#) V

暑い熱い夏こそ妖艶ロックを聴いて、風に吹かれつつ、星空にネオンを見て、妄想トリップに出かけましょう。

男性側から聴いた、歌心満載のリリカル(抒情)セクシー(妖艶)ギター特集、いかがだったでしょうか。
ただただ暑いだけの「夏」に終わらぬよう、色々と頑張りましょう。


* * * * *

「筆者後記:寸感」
「安倍首相、辞任表明」

衝撃的なニュースにかつてないショックを受けたと言うのが、筆者の正直なところです。
記したいこと山ほどあり過ぎて、このままではまとまらないと判断した筆者、ネット・ニュース内のある投稿をコピペ。
いずれ機会を見て筆者の現在の心情を発露したいと思いつつも、今回は代弁者的なコメントを代わりに張り付けました。

以下、コピペ・コメント全文

no name ID:0366
2007年インド国会での安倍総理による伝説的なスピーチ「Confluence of the Two Seas」がアメリカの太平洋上の安全保障政策を大きく変えた。
名称も太平洋構想からインド太平洋構想にグレードアップしたわけだ。
日本の首相がアメリカの軍事構想にここまで影響を与えたことはかつて無い。
インド、日本、豪州、ハワイを結ぶダイヤモンド構想のとおりに中国包囲網は着実に敷かれてきた。
安倍総理によって日本は救われたようなもんだ。
この偉大な功績をついにどのメディアも報じなかったな。

また数字で2012年と2019年を比較すれば以下のとおりだ。
・日経平均 8500円→24000円
・自殺者数 28000人→20000人
・完全失業率 4.3%→2.4%
・有効給人倍率 0.8→1.7
これだけの功績を一切無視するメディアは今すぐ廃業するべき。

目下メディアは石破を首相にしようと世論操作に必死だが、必要なのはメディア自体の信用度についてのアンケートだろ。✖✖メディア。

以上、コピペ・コメント文(文章のごく一部・最後部、筆者により割愛)


* * *

今回の安倍首相退陣の件、我が国の主要マスメディアの報道姿勢と内容は、失望以外の何ものでもありません。
かつて傾きかけた船体(国家)を必死で立て直し、世界の無情荒波を乗り越えて、未来に希望が見えた矢先です。
欧米諸国をはじめ、世界の首脳からこれほどまでの賛辞と損失だと言うコメントをいただいた首相はいません。
「モリ・カケ・サクラ」と野党と共々にて終始し、喫緊に迫る課題にはホッカムリを決め込むメディアです。
「安保にはタダ乗り」しつつ、傍らで「基地縮小や撤去」を叫び、「(欠陥)憲法」にはひたすら盲目的信仰。
近隣諸国の理不尽・不条理な要求・恫喝にはひたすら耐え、「お花畑の防衛論」で憲法改正議論さえタブー視。
論理的破綻の左翼的野党と共に、我が国の中央大手の地上波メディアは、正に国内にて巣食う煽情的集団です。
大手新聞社もまた同様でA新聞やM新聞等、まるで近隣諸国のプロパガンダ・メディアの様相を呈しています。
一体この先、どうなっていくのやら。「コロナ感染禍」と共に、見えざる「国難的・国内最大強敵勢力」です。
「公正」「中立」「正確」「良質」
現在の我が国の多くの大手メディアに欠けている4つの言葉・姿勢です。
「報道する自由」「しない自由」の理由もまた厳しく問われるべきです。

By T講師