アトリエ・マイルストンブログ

2019年2月25日月曜日

早、春訪れのような冬二月

月曜日・曇りのち 時々晴れ

太陽の光が日に日に力強さを増し、夕刻の落日も随分と遅くなってきました。
最も寒さ厳しい時節なれど、温かく穏やかな日々は無条件に嬉しいものです。

「ミュージック・ギャラリー(その351):春待ち歌」


2月とは言え、ここ神奈川は春本番を思わせる暖かな日が続いていますが、今回はその「春」に焦点を絞ってみました。
今では学校でも歌われなくなってしまった感のある美しい旋律の「唱歌名曲」、過去の闇に捨て去るには惜しいものです。
「四季」それぞれの持つ美しい自然現象と、南北に長い我が国ならではのそれぞれの地域の風土で培われてきたその暮らし、
ハイテクやグローバル化の進む現代社会に於いても、その暮らしの節々を歌う唱歌の魅力は決して色褪せることはありません。
ともすれば失われがちな我が国固有の情緒や抒情などと共に、世代を超えて未来へと受け継がれてゆくことが望まれます。

「早春賦」作詞:吉丸一昌、作曲:中田章(大正2年、1913年)、歌:倍賞千恵子
" Soushyunfu ( Japanese Old Song )", Singing by Chieko Baishow,
( 筆者注:動画にブロックが施されているので、画面内 線上「YouTubeで見る」をクリックの上、ご鑑賞ください。)

歌詞

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か

  恥ずかしながら、何を言っているのは意味不明な部分あれど、格調高き文語体が美しい旋律と相まって快感です。
( 曲目の早春賦の賦とは、漢詩を作ることや謡うことを指していて、「早春に賦す」と言うのが原義だそうです。)

* * *

「昨日(2/24)、沖縄県民投票、実施さる」

正に衆愚政治の極みであり、集大成であり、帰結だと思います。
( 近日中に筆者のチョー久々「T講師コーナー」にて、その件に関して辛口言及させていただきます。)
「故郷が増々遠くなりにけり」

By T講師

2019年2月18日月曜日

春兆しの日のブリット・ポップ

月曜日・晴れ
まるで春訪れのような暖かく穏やかな1日でした。

「ミュージック・ギャラリー(その350):春兆し歌」


目線の高い送迎車で里を走ると、あちこちで早咲きの梅の花がほころんでいるのが見えます。
今日は大気中に水蒸気が多く含まれていたようで、大山や丹沢の山々も霞んで見えました。
伊豆や小田原辺りでは桃色の河津桜も開花したとのことで、春本番はもうすぐのようです。

そこで今日の当コーナーは筆者の脳内ジュークボックスで自動再生された曲を取り上げました。
光が温かく感じられ水温むような暖かな日には、彼らの名曲群が脳内で軽やかに響いてきます。

エブリーシング・バット・ザ・ガール、「オックスフォード・ストリート」
Everything But The Girl ( Tracy Thorn, Ben Watt ) ,
 " Oxford Street " ,from their Album " Idlewild "(1987)

Lyrics (歌詞)

When I was ten, I thought my brother was God He'd lie in bed and turn out the light with a fishing rod I learned the names of all his football team And I still remembered them when I was nineteen, yeah

Strange the things deal that I remember still Shouts from the playground when I was home and ill My sister taught me all that she learned there When we grew up, we said, we'd share a flat somewhere When I was seventeen, London meant Oxford Street Where I grow up, there were no factories There was a school and shops and some fields and trees And rows of houses one by one appeared I was born in one and lived there for eighteen years Then when I was nineteen, I thought the Humbler would be The gateway from my little world into the real world But there is no real world We live side by side and sometimes collide When I was seventeen, London meant Oxford Street It was a little world, I grew up in a little world There is no real world We live side by side and sometimes collide, yeah




エブリーシング・バット・ザ・ガール、「テイク・ミー」
Everything But The Girl , " Take Me "  from "The Language Of Life "(1990)

 "Take Me"

Don't go, don't go, don't go.
Baby, baby, baby, I'm lonely can't you see.
Baby, baby, baby come give your love to me.
Cause I'm just a prisoner, don't set me free.
Before you turn around, take one look at me.
Take me in your arms, won't you love me one more time.
Take me in your arms, won't you love me one more time
Before you go.

Baby, baby, baby, chained and bound, can't you see.
Baby, baby, baby, chained and bound, can't you see.
Cause I'm just a prisoner, don't set me free.
Before you turn around, take one look at me.
Take me in your arms, won't you love me one more time.
Take me in your arms, won't you love me one more time
Before you go.

はんなりとした何とも言えない柔らかな空気感が良いですね。
Vo.のトレーシーの中性的な淡々歌唱が鼓膜に程良く心地良く、やがて心の奥底にまでジワリと沁みわたってきます。
これらの歌が流行った当時、筆者は平塚から車通勤をしていたのですが、その往路でいつも聴いていたものでした。
当コーナー3回前紹介のアイリッシュ・バンドのクランベリーズもまた、彼ら同様に筆者の往路での定番曲でした。
(ちなみに黄昏た復路では、静かな曲調のバラード・ジャズやパット・メセニー等のインスト曲が主な定番でした。)

エブリーシング・バット・ザ・ガール(ETBG)は、イギリスのネオ・アコースチックを代表する男女2人組バンドで、
二人が通った大学の近所の家具雑貨店の「女の子以外は何でも(売っている)」の名称から付けられたユニットです。
18年間の活動後2000年には解散しましたが、彼らの爽やかな音空間は今世紀に於いても普遍的な魅力を湛えています。

* * *


「今夜はスーパームーン」


今年、最も大きく見られると言う満月が、夜空には美しく輝いていました。
「こちらヒューストン」人類が月にその足跡を残してから、今年でちょうど50年目にあたるとのことです。
中学生だった筆者も寝ぼけながらも、家族全員で興奮してその月面との中継を目の当たりにしたものです。
筆者小学生の頃、
沖縄近海に着水したアポロを救出したのが在沖米軍とのことで、その指令船が米国民政府の庭に展示されていました。
その後、P.Cなどハイテク技術に目覚ましい進歩を遂げた人類ですが、その中身の方は未だ旧態依然のままのようです。
残念
( ;∀;)

明日はあいにくの雨との予報ですが、20日も大きいままだそうなので、大きく輝く満月、観賞できると良いですね。

「春、近し」

By T講師

2019年2月11日月曜日

国民の祝日「建国記念の日」

月曜日・曇り

国民の祝日「建国記念の日」


アトリエは3連休でした。

* * *

「ミュージック・ギャラリー(その349)」


「紀平梨花、四大陸選手権2019、祝優勝」

今回の当コーナー、動画のフィギュア・スケートとバックに流れる音楽とのコラボレーションとして取り上げました。
米国加州アナハイムで行われた四大陸選手権、フィギュア女子シングルにて、紀平梨花選手がめでたく優勝しました。
美しい器楽曲を背景に美しい演技が繰り広げられ、スポーツを超えた魅力が人々をすっかり魅了してしまいました。
当曲、オフィシャルのPVもあり拝見しましたが、この演技で使用されていることが最も相応しいような気がしました。
紀平選手こだわりの衣装の紫紺地 上のスパンコールも雷光・雷鳴を彷彿とさせていて、ドラマチックで感動的です。
(オフィシャルもYouTube上にはあり、そちらの方が動画も鮮鋭ですが、ブロックが施されており転載不可でした。)
超高度な身体能力と技術・感性によるスポーツ演舞と音楽による複合芸術の美、ご鑑賞ください。

「ビューティフル・ストーム」、作曲・ピアノ、バイオリン演奏:ジェニファー・トーマス(アメリカ)
" A Beautiful Storm" / Jenifer Thomas ( American composer, pianist,violinist )

作者のジェニファー・トーマスさんは、ヒーリング・ニューエイジ・ミュージックの旗手として米国を中心に活躍中。
紀平梨花選手に自身の楽曲が取り上げられたことを光栄だと話し、今回も彼女の卓抜した演技に感動したとの事です。
その期待のホープの紀平梨花選手、キレのある鋭いジャンプや優雅でしなやかな演技で、めでたく優勝を果たしました。
トリプルアクセル等の高難度のジャンプも全て決め、特に全般に渡る演技構成点でも高得点を挙げ、大差での逆転優勝。
正に我が国を代表する美しく輝く宝の一人です。

また男子フィギュアでも、期待の宇野翔馬選手が世界最高得点をたたき出して見事に優勝しました。
女子フィギュアも三原舞依や坂本花織もそれぞれ3位4位と健闘、今年も日本人選手たちの活躍が楽しみです。
!(^^)!



通常、プロアマ問わず各スポーツには関心の少ない筆者ですが、事 フィギュアスケートに関しては例外です。
鍛え上げた肉体を駆使して縦横無尽にリンク上を滑走するその姿は、一過性ながらも正にアートそのものです。
特に女子フィギュアやアイスダンス演技等での優雅な動きや姿態が美しく、まるで動く彫刻作品のようです。
彫刻家としてはイタリア・ルネサンスのミケランジェロが現代では有名ですが、作品群は極めて男性的です。
しかし、
同じイタリアの彫刻家ベルリーニの作品は女性の美を追求したものが多数で、彼の作品を彷彿とさせます。
もしも彼が現代に生きていたら、フィギュアやアイスダンス等の彫像を多数製作していたことと思います。
これらを観賞する時、筆者自身も平面的な絵画ではなく、彫刻・彫塑等の立体作品を造りたくなってきます。

* * *

「後記:建国記念日に寄せて」

恥ずかしながらの告白です。
筆者若き頃は学生運動など左翼運動が盛り上がっていた時代で、沖縄の復帰闘争などもあり、この日が嫌いでした。
国家や国旗を卑下していた時期で、成人式も大人のお仕着せだとの理由で仲間達がボイコットをアジっていたりで、
そう言うことを当然のように受け止め、それが戦後生まれの自分たちにとって正しい認識だと思い込んでいました。

しかし時が経ち、その潮流は衰退し、様々な事象や戦火が世界で発生し、筆者自身もその間に様々な経験と知識を得、
今、その筆者若き頃の思いや考えとはまるで真逆の立ち位置にて日々を営んでいることにある種の感慨を覚えています。
若い頃「真理」や「正義」だと思っていたものが 或る時期を境に崩壊し、その背後に隠されていた事象が目前に出現し、
日々の営みの中の何気ない風景や文化や慣習の中に、穏やかで美しいものたちが満ち溢れていることに気づいたのです。
その想いに至るまでには、それなりの歳月を経ねばなりませんでしたが、その間、無駄なことは一切ありませんでした。
愚かにも多くの時を消耗しましたが、今は美しい「この国」に、この時空に生まれ落ちたことを嬉しく思う日々です。
「感 謝」

By T講師

2019年2月4日月曜日

とても暖かな立春なれど・・・

月曜日・晴れ

「立春」


昨夜は「春一番」(モドキらしい南風)も吹き、
本日は4月上旬並みのとても温暖な1日でした。

* * *

ですが、
心の中には惨憺たる寒風が吹きすさび、とてもこの恵みの陽気を満喫できるものではありませんでした。
皆様も先刻ご承知もように、千葉県野田市で発生した痛ましい「家庭内暴力」による女子児童の死がありました。
加害者である被害者児童の父親と、被害者と同様に暴力を受けた母親が第一義的な責を問われるのは必然として、
死に至るその間の、関係当事者らの「想像力や思考力の無さ」「厚顔無恥」さは、正に「言語道断」の極みです。
アンケート結果を認知した教師や学校側、通報された児童相談所、父親にアンケ―トを渡した市教育委員会ら、
教育専門家だと称されるプロの彼らの無能の諸行動は、正に万死に値する所業と言っても過言ではありません。
外務・文科・厚労省等を筆頭に公務員らの選民意識のみ強く、倫理や外圧には弱い人間力の無さに絶望します。
厳しいようですが「再発防止に全力で云々」は死者に対しての冒涜で、良心があるのなら即刻 辞職すべきです。

* * *

「ミュージック・ギャラリー(その348):鎮魂歌」

バッハ、「G線上のアリア」J.S.Bach, " Air On G String "
Orchestra Arrange : Harry F Aoki, Vocal : Tammy Keigh

「天国にて安らかに お眠りください」
慰霊 合掌

By T講師