アトリエ・マイルストンブログ

2019年10月31日木曜日

首里城、燃ゆる

木曜日・久々の秋らしい快晴

アトリエお休み日の「ミュージック・ギャラリー」は、都合により後日あらためて投稿させていただきます。

アトリエでの平日授業は、ここしばらくはKuMさんの独断場状態です。
学童クラブ・スタッフとして出勤しているKuMさん、毎週月~金で仕事前の製作に励んでいます。
本日は、今週から開始した西洋古典絵画のフランドル技法(板絵細密描法)の模写の2日目です。
画はファン・アイク作の大天使ガブリエルで、トレース後の今日は1色目の黄土色の彩色でした。
その製作風景、撮影画像でお伝え(投稿)出来ないのが残念ですが、新ブログに移行した暁には・・・。
今はまだその決断が出来ない長い長~い 宙ぶらりん・モラトリアム状態の真っ最中です。
<(_ _)>

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「アトリエお休みのお知らせ」


今週末11/2(土)から「文化の日(11/4・月・振替休日)」までの3日間、アトリエは3連休とさせていただきます。
お知らせ、遅くなってしまい大変 申し訳ありません。またのご来訪を楽しみにお待ちしております。

アトリエ・マイルストン主宰:当真 英樹

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さて 本日の投稿主題は、

「首里城、燃ゆる」です。


残念ながら、故郷沖縄の琉球王朝時代の文化のシンボルである首里城の大方の建造物(7棟)が、本日未明の火事で消滅しました。
国内外の多くの観光客で賑わった首里城ですが、30年もの歳月と莫大な費用・尽力にて復元されたものが一瞬の内に燃え尽きました。
( オリジナルは、「鉄の暴風」と言われた沖縄戦で、被弾・焼失しました。その地下には日本軍の司令部が構築されていました。)
各地・各方面からの悲しみのメッセージが多数発せられていますが、火災が深夜であったことが、まずは何よりも不幸中の幸いです。

そもそも貴重な存在であるはずの木造建造物に「スプリンクラー」が設置されていないことが驚きであり、致命的な欠陥であり宿命です。
しかも加えて、その無防備な城内には歴史的に貴重なオリジナルな品々が保管されていたと聞き及んで、またもや絶句してしまいました。

遅かれ早かれ「形ある物はいずれ必ず滅びる」諸行無常の世。とは言え、
悲しむだけではなく、自らの足元をしかと照らし、反省すべきは反省した後、将来の復元云々を語る必要ありと感じました。
国をはじめ、多くの公金によって造営された建造物、出火の原因や建物保全の管理責任も明確にしていただきたいものです。
資金は何とかなるかもしれませんが、復元に携わった多くのご高齢な職人・技術者たちの後継者が育っているのか心配です。


那覇市内に住む兄弟(妹)の話では、焼け焦げた匂いが、終日、那覇の街に漂っていたとのことです。
また首里城のごく近くに住む友人女性の話では、暗闇の中の真っ赤な炎が鮮やかだったとの事です。
( 彼女の自宅窓からは首里城がパノラマ状態で見え、改築時わざわざ大きなガラス窓を設えた程です。)
筆者が生まれて育ち、巣立つまでの期間に首里城はなく、ただあの小さな守礼の門があるだけでした。
戦災・消失から半世紀もなかった首里城。しっかり時間をかけて再建への道を歩まなくてはなりません。


とは言え、県民の間には大きな失望や喪失感が、広がっているとのことです。
ここは人命の危機には至らなかったことを「不幸中の幸い」として、再度 起き上がるしかありません。

これまでに受けた数多の恩を忘れることのない文字どおりの「守礼の邦」として・・・。


By T講師 こと 当真 英樹