アトリエ・マイルストンブログ

2013年6月17日月曜日

国吉康夫の描く女ー2

月曜日・晴・多湿
アトリエは定休日です。

恒例の名作美術館(その48)をお届けします。

今回も前回に続き、国吉康夫の油絵作品2点を紹介します。

バンダナをつけた女(1936年)               私は疲れた(1938年)

今回、詳細データは省いてあります。
独特な筆致や調子等、全てが渾然一体となりアンニュイな雰囲気を持った形象を形作っています。
気だるい、物憂い、艶っぽい空気が沈殿した濃密な女性の存在とその空間が、とても魅力的です。
画家の目(感性)は、女性の哀しみまでをも冷徹に観察し、かつその心に寄り添って描いています。

* * *

画家の絵を見ている時に、筆者の脳裏に浮き上がって来た音楽を2曲ほど・・・。

レフト・アローン /  マル・ウォルドロン(ピアノ)、ジャッキー・マクリーン(アルト・サックス)


マル・ウォルドロンは、希代の歌姫・晩年のビリー・ホリデイの伴奏者を務めました。
国吉康夫とビリー・ホリデイ、共に人種差別の悲しみを知る人間臭いアーチストです。
当曲、筆者高校時代の1年弱のブラバン部在籍時、耳コピーをした初めての曲です。


クライ・ミー・ア・リバー /  ジュリー・ロンドン


国吉康夫の描く女性と、ジュリー・ロンドン。前回も触れましたが、共に筆者の叔母を思い起こさせます。
筆者の小学~中学生時代の事です。
その叔母、アイゼンハワー大統領も来店した那覇市内の将校クラブでウェイトレスとして働いていました。
ハーバービュー・クラブと言う、那覇の港が一望できる丘の上にある駐車場が広大な瀟洒なクラブです。

出勤前、頭にバンダナ、タンクトップ、ショート・パンツ姿の湯上がりの叔母が電話をよく借りに来ました。
叔母は、ヨーモク・ハッカ・タバコをくゆらしながら、低いしゃがれた声で流ちょうに英語を操っていました。
その度にハイになったり、タバコの灰と大粒の涙を落としたり、遠くを見つめたり、レコードをくれたり・・・。
残念ながら、幾つかの叔母の恋が成就することはありませんでした。

遠い昔の記憶、その叔母と国吉康夫の女性とジュリー・ロンドンが、いつしか筆者の中で合体しています。

By 講師T